地域主体の国際協力・岐阜
DDC(=Decentralized Development Cooperation)−GIFU
2005.3.28 更新


  DDC-GIFUは、足元の地域で、地域から、つながりに気づき、つながりを築こうとしています。国際協力・開発のさまざまなテーマのもと、学び、考え、行動につなげようと、月に1〜2回程度の勉強会や話し合いを重ねています。誰にでも開かれた会であり、地域に住む、国際協力に関心のある方、自治体職員、国際協力に関する仕事に携わる方、また、県外の方も参加されています。メーリング・リストには海外在住者も参加しています。

世話人:
      伊藤かおり
        矢崎芳
    Chihiro NAKAZAWA
 
                        


DDC−GIFUについて

過去の活動

メンバーの部屋


       


〜最近の活動〜
地域主体の国際協力・岐阜
DDC(=Decentralized Development Cooperation)-GIFU
2005年3月定例会
○雨森孝悦さん(日本福祉大学福祉経営学部助教授)とお話する会 
○テーマ:NPOの存在証明
○雨森孝悦(あめのもりたかよし)さんのプロフィール:
1951年西宮市生まれ。(財)国際協力推進協会、(財)日本国際交流センターでNGOの調査、海外NGOの支援活動に従事。(財)とよなか国際交流協会を経て2001年より現職(非営利組織論担当)。目下の研究課題は「NPOの存在証明。」
○日時:3月23日(水)19:00〜20:30
○場所:ぎふNPOセンター
○参加費:500円
○参加者:5人
○雨森さんからのメッセージ
福祉、教育などさまざまな分野で規制緩和が行われており、ソーシアル・ビジネスや企業の社会的貢献がさかんになったりしています。このため、営利・非営利の境目があいまいになってきています。また、非営利組織のパフォーマンスが、果たして期待通りなのかに関して、疑問が投げかける向きもあります。
そうしたなかで、NPOなど非営利組織の立場から、その存在価値をあらためて示す必要があると考えています。海外の研究動向にも少し触れながら、この点について話題を提供し、参加者の方とディスカッションできるとうれしいです。




2005年2月定例会
○吉川暁美さん・吉川萬里さん(ほづみ会)とお話する会 
○テーマ:タイ山岳民族の子どもたちー15年の支援から見えてくるもの
○概要:
タイ北部の山岳地帯。そこには、少数山岳民族が多く居住しています。学校に通いたくても、数十キロ離れた学校には通えないため親元を離れ、山を下りて村の学校に通う子どもたちがいます。ほづみ会は、そんな子どもたちのための寄宿寮の世話をしている日本人女性、中野穂積さんを日本側から支援し続けて、15年になります。それは、1987年の1通の手紙から始まりました。日本にいながら出来ることでお手伝いを始め、1年半経過したところで豊田市国際交流協会のボランティアフェスティバルの講演会講師に推薦したことから輪が広がり1990年タイ支援グループ「ほづみ会」ができました。長年続けていくうちに「支援から交流」「交流から共生」へと自然の流れになっているようです。支援を続ける中で、足しげく日本とタイを往復して寄宿寮の現状を報告してきた中野さんとの交流や、現地の子どもたちやその子たちが育った環境などを日本側からも訪問して見たことを日本国内に報道する活動を行っています。ほづみ会スタディーツアーも交流を目的として11回目をむかえました。
○日時:2月16日(水)19:00〜20:30
○参加者:6人
○参加費:500円
○吉川暁美(よしかわあけみ)さんと吉川萬里(よしかわまさと)さんのプロフィール
(暁美さん)
1937年 豊田市に生まれる
1959年 芦屋市田中千代洋装学園専攻科、名古屋田中千代洋装学園勤務
1964年 結婚退職
1976年 豊田おやこ劇場にボランティア参加
1977年 地域ボランティア「きずなの会」を開始                 1988年 中野穂積さんの活動を知り交流が始まる              
1990年 「ほづみ会」を設立代表、タイ リス生徒寮を訪問     
1994年 ほづみ会第1回タイスタディーツアーを始める、暁の家 男子寮建設資金の公募を開始 150万円を募る                 
2003年 暁の家支援コンサートを開催                    
(萬里さん)
1936年 岐阜県安八郡安八町牧に生まれる
1955年 岐阜県立大垣工業を卒業、日本デンソーに入社
1988年 タイ、シンガポールを視察
1994年 第1回ほづみ会タイスタディーツアー引率を開始
1996年 名古屋市科学館のサイエンスボランティアに参加  
1997年 福祉NPO「さわやか豊田・ひまわり」を設立代表、デンソーを定年退社
2000年 「あかねいろの子どもたち」写真集を編集      
2004年 第11回のタイスタディーツァーを引率
○吉川さんご夫妻からのメッセージ
ものやお金を主体とせずに、なにが今出来るのかを1年1年考えながら実行に移していくうちに、今年は子どもたちに素敵な音楽のプレゼントを届けることになりました。協力いただいたのはオカリナ、ギター奏者の黒野宏通氏です。2004年12月10日から10日間チェンマイ、メーサイ、チェンライの町、アカ族の村、ラフ族の村、最後に山岳民族の子どもたちのための寄宿寮「暁の家」訪問滞在しコンサートを開きました。音楽に国境は無いと云われていますが、まさにそのとおりでした。現地の人たちと音楽の感動を共有できたことがなによりも素晴らしいことでした。この実りをこれからの1日1日を生きる糧にしていきたいと心から思います。

2005年1月定例会

○林かぐみさん(アジア保健研修所職員)とお話する会 

○テーマ:「支援から活用へ、協力から交流へ- NGOをめぐるパラダイムシフト!?」

○概要:

愛知県日進市にあるアジア保健研修所(AHI)は、今年で設立25周年を迎えるNGOです。設立者である外科医の経験から、貧しい人たちの健康を守るためには人びとの生活の場で健康を守る働きが重要であると認識され、そのために現地の地域保健・開発ワーカーの育成を掲げて、アジア各国のNGOスタッフを対象に研修事業を続けています。一方国内でも、アジア各地で実践されている「参加型研修」を取り入れて、アジアへの関心や理解を広めるための活動もおこなっています。今回は、その団体の職員である林さんにお話していただきます。テーマに挙げられた言葉は、この数年のAHIの方向性を語るキーワードです。ひとつは、これまで協力・支援の対象としてきたアジアのNGOや住民組織との関係、もうひとつは、財政の70%以上を占める年会費・寄付の提供者である個々の支援者との関係についてです。AHIにとってこれらの転換は理念先行というより、むしろアジア各地で活動する以前の研修参加者とのつながりや活動に積極的に関わる会員の中から、彼・彼女らの声としてあがってきたものだといいます。林さんには実際そういった声に押され活動を進めてきた立場から、また参加者とのやりとりを通じて、私たちにとっての、国際協力、NGO、非営利組織など様々な角度から意見を交わすことができれば嬉しいです。

(AHI http://www.jca.apc.org/ahi/)

○参加者:5人

○日時:1月17日(月)19:00〜20:30

○場所:ぎふNPOセンター(岐阜市藪田南2-1-1 県庁付属棟内)

○参加費:500円


2004年12月定例会
(今回は、岐阜女子大学南アジア研究センターと共催による「県民講座」として行います。)
○ラーナー・スィンフさん(インド国立バナーラス・ヒンドゥー大学地理学科教授)とお話する会 
○テーマ「インド聖地バナーラスの明暗」
インド亜大陸の北部に位置するバナーラス(日本ではベナレスと呼ばれます)は、ヒンドゥー教最大の聖地として有名です。インド全国から、聖なる河ガンジスでの沐浴、著名な寺院での参拝、無数の祠や聖跡での祈りなどのため、巡礼者が集います。河の向こう岸に昇る太陽に向かい、一心に祈る敬虔なヒンドゥー 教徒たちの姿は、写真で有名です。また、遠藤周作著『深い河』、藤原新也著『東京漂流』などでも知られ、インド映画の巨匠サタジット・レイの 大作「大地のうた」 三部作の舞台となっています。人口千万人を超えるバナーラスは、巡礼と観光都市として発展しながら、昔ながらの町並みを保ち、そして工業化と近代化が進められてきました。今回、スィンフ教授にはインドの文化の特徴と聖地、伝統の保存と近代化、そして日常生活などについて、気楽にお話し頂き、皆さんからのご質問にもお答えします。インドの生の声と姿に接するよい機会となることでしょう。
○通訳:福永正明・岐阜女子大学南アジア研究センター客員教授
○日時:12月10日(金)19:00〜20:30
○場所:ぎふNPOセンター
○参加者:8人
○参加費:500円
○背景:岐阜女子大学南アジア研究センターは、南アジア地域の7ヶ国を専門とする我が国唯一の大学附置研究所です。今回、バナーラスにある国立大学地理学科に所属され、バナーラス研究の世界的権威であり、インド聖地研究の第一人 者のスィンフ博士を訪問教授としてお招きします。この招聘は、スィンフ博士が現地で続けられている、バナーラスをユネスコ世界文化遺産に登録する準備と活動のため、岐阜県と白川 村、住民たちの経験を知って頂こうとの国際協力事業です。この事業には、財団法人岐阜県国際交流センターの「水と緑の国際協力基金」より助成を得ています。スィンフ教授は、12月9日より岐阜市に3泊、白川村にも3泊され、大学での授業と研究活動、岐阜県・白川村関係者や県民の皆さんと懇談し、短い滞日ですが多くのことを学びたいとのご意向です。スィンフ教授は、1980年に岡山大学でご研究の経験があり、日本各地のインド研究者とも親しく交際され、バナーラスの「印日友好親善協会」の会長を務められています。
○共催: 地域主体の国際協力・岐阜、岐阜女子大学南アジア研究センター


2004年11月定例会
○渡邊雅行さん(大阪大学大学院日本CBRネットワーク事務局)とお話する会 
○テーマ:ネパールで障害者の社会参加を考える
―参加型開発の視点を取り入れた地域リハビリテーション(CBR)
○日時:11月17日(水)19:00〜20:30
○場所:ぎふNPOセンター
○参加者:3人
○参加費:500円
○渡邊雅行(わたなべまさゆき)さんのプロフィール:
大阪大学大学院日本CBRネットワーク事務局(博士後期在籍)。元JICA短期専門家、作業療法士、理学療法士。早稲田大学第二文学部卒業、東京大学医学系研究科修士課程修了。1986年から3年間、青年海外協力隊に作業療法士としてネパールに派遣。ネパールでのCommunity based rehabilitation(地域に根ざしたリハビリテーション)の導入に関わる。隊員時代に配属先の障害者施設で活動しながら、在宅障害者の訪問などにも関わる。その後、家族だけでなく地域住民の参加の重要性に気づく。協力隊活動後も、ネパール渡航は10回以上になり、基督教児童福祉会国際精神里親運動部(CCWA)の嘱託でネパールプロジェクト担当、JICA短期専門家など経験した。また2004年7月より日本ネパール教育協力会(JECS)の理事。


2004年10月定例会
○シャプラニール=市民による海外協力の会http://www.shaplaneer.org/ 全国キャラバン2004
ポリモール・クマール・ロイさんとお話する会 
○テーマ「子どもとおとなの関係性を考える〜バングラデシュの事例から〜少女たちが村を変えた」
都会に比べ保守的な雰囲気が強い農村部では、女性が自由に出歩くことすらままなりません。そんな中で活動するための場所が欲しいと動き始めた少女たちがいます。彼女たちの中に生まれた変化が、それを取り巻く人々伝わっていった様子、その事例をもとに「変わる」ために必要なことについてみなさんと一緒に考えていきたいと思います。
○日時:10月26日(火)19:00〜20:30
○場所:ぎふNPOセンター
○参加者:8人
○参加費:500円
○ポリモール・クマール・ロイ(Parimal Kumar Ray) さんのプロフィール:
 1960年7月、バングラデシュ南西部ジョソールに4人きょうだいの長男として生まれる。マイメンシン農業大学で農学修士号を取得(遺伝学)。 1989年にADAB(NGO連合組織)に就職、農業、環境、社会林業などの分野を経験したのち災害対策プログラム・オフィサーとして活躍。96年からシャプラニールに加わり、ショミティ育成担当等を歴任。STEP(元シャプラニール、ポイラ事務所)を担当、少女グループを含むグループ育成活動などに力を注ぐ。現在44歳、妻と娘2人(13歳と7歳)の4人暮らし。ヒンドゥ教徒。
○書き損じハガキを集めて海外協力:
シャプラニールでは自分たちの生活を見直す一歩として「ステナイ生活」を呼びかけています。今年のキャラバンでは、10月から12月のキャンペーン期間中に、22,222枚を目標として、会場へ書き損じハガキを持ってきて頂くよう広くお願いをしています。会場にハガキを5枚以上持ってきて下さった方には、2005年お正月にバングラデシュから年賀状が届きます。


2004年9月定例会

○神谷欣吾さん(岡崎城西高校国際協力クラブ(ICC)顧問)とお話する会 
○テーマ:
ネパールに小学校を建てた高校生たち」

9月定例会では、岡崎城西高校国際協力クラブ(ICC)顧問の神谷欣吾さんをお招きします。地域NGO活動の「お手伝い」に飽きたらなくなったICCの生徒達が、生徒会や学校法人等と協働し、現地住民や現地NGOと協力して小学校を2校建設し、なお継続支援を続ける取り組み、「Love Educated Nepal Project ( LENP )」を紹介していただきます。

○日時:9月22日(水)19:00〜20:30
○場所:ぎふNPOセンター
○参加費:500円
○参加者:4人
○神谷欣吾(かみやきんご)さんのプロフィール:

岡崎城西高校非常勤講師(英語)。岡崎市在住。1942年中国山東省青島生。1994年からICC顧問、20033月同校定年退職し現職に。



2004年8月定例会
国際開発学会東海支部第23回研究会

○神田浩史さん(ODA改革ネットワーク)とお話する会 
○テーマ:「ODA50周年 ODAに見る公共政策立案における市民参加の現状と課題」
今年はニッポンのODAがスタートして50周年にあたります。不透明なプロセスや、ODA供与に伴う環境破壊、人権侵害などから、厳しい批判にさらされてきたODA政策ですが、少しずつ「開かれた公共政策」に向けての改革が行われてもきています。ODA50周年を契機に、ODAを題材に、「公共政策立案における市民参加」についていっしょに考えていきたいと思います。
○日時:8月25日(水)19:00〜20:30
○場所:ぎふNPOセンター
○参加者:9人
○参加費:500円
○神田浩史(かんだひろし)さんからのメッセージ:
自称「噺屋」です。私たちのおカネがどこでどのように使われているのか、また、私たちが使っているモノはどこでどのように作られているのか。そんなことに興味を持って世界各地を歩いてきています。身近なことから世界との繋がりを考えてみると、今、世界で起こっていることがわかり易くなる、人ごとではなくなる、と思い、見聞きしてきたことを、多くの人に伝えるようにしています。一人でも、一つでも多くの行動が、地域を変える、世界を動かす、そういう思いで、日本各地を語り歩いています。岐阜県垂井町在住。



2004年7月定例会

○田中博一さん(日本アラブ未来協会代表)とお話する会 
○テーマ:「パレスチナ・イラクをとおして見えるもの」
7月定例会では、日本アラブ未来協会代表の田中さんをお招きします。「世界の子どものための平和展」(2002年8月パレスチナのガザ地区と2003年パレスチナ西岸ベツレヘム市にて開催)を中心に紹介していただいた後、イラク問題を考えながらなぜパレスチナで平和運動なのかをお話いただきます。
○日時:7月6日(火)19:00〜20:30
○場所:ぎふNPOセンター
○参加費:500円
○参加者:8人
○田中博一(たなかひろいち)さんのプロフィール:
 1950年1月生まれ、54才、福岡県三井郡出身、1980年よりアラビア語の
学習を始める。著書「さあ!アラビア語を学びましょう」(1988年愛知イスラム
文化センター刊、絶版)、「日本語アラビア語基本辞典」(1998年発行、改訂版
が鳥影社より6,800円で現在発売中)、2000年9月在日アラブ人と日本アラ
ブ未来協会設立、同代表。1998年より毎年パレスチナを訪問、2002年8月パレスチナのガザ地区にて「世界の子どものための平和展」を開催 2003年パレスチナ西岸ベツレヘム市にて同展を平和祭とし、広島市長秋葉忠利氏、詩人の谷川俊太郎氏などのパレスチナの人々にメッセージを伝える平和運動をとして発展させる。今年も8月6日から12日同じく西岸地区のナブルス市にての開催を準備中。
○参加者の感想
(Hさん)7/6日の田中博一さんのお話は私にとってすべてが新鮮で実に貴重な時間でした。
日本が行っている途上国に対する開発・支援・援助に興味を持ち始めたのは実にごく最近のことです。まだまだ初心者ですがこれからたくさん吸収していけたらな〜って‥また参加したいと思っております。よろしくお願いします。




2004年6月定例会(2)

○池住義憲さん(国際民衆保健協議会(IPHC)日本連絡事務所代表)とお話する会 
○テーマ:『イラクの”復興”と今後、どうなる?〜〜私たちの関わり方を考える』
昨年3月20日に始まったイラク”戦争”、今もなお米英軍による軍事占領が続いています。6月末にはイラク人への主権”移譲”というスケジュールですが、果たしてどうなるのか・・・。日本は自衛隊を派遣しての”復興協力”。そうしたなかで起こった民間の日本人計5名の拘束事件とその5人の解放後の日本政府の「自己責任論」「自業自得論」「費用弁償論」。なぜこうした事態になったのか、これからイラクはどうなるのかなど、混沌とした状況をご一緒に読み解いてみましょう。
○日時:6月28日(月)19:00〜20:30
○場所:ぎふNPOセンター
○参加者:6人
○参加費:500円
○池住義憲(いけずみよしのり)さんのプロフィール:
1944年東京生まれ。立教大学卒業後、財団法人東京キリスト教青年会(東京YMCA)勤務。この間の1975年3月〜6月、世界YMCAベトナム難民救済・復興協力事業にワールドサービスワーカーとして、南ベトナム(当時)に勤務。1980年から愛知県日進市にある財団法人アジア保健研修財団(AHI)に17年間勤務。1984年、フィリピン国立大学大学院「地域開発」修士課程修了。1997年から現在まで国際民衆保健協議会(IPHC)日本連絡事務所代表。30年にわたるNGO(非政府組織)経験をいかして、現在はIPHCの代表以外に、フリーのファシリテーターとして、「参加型地域開発」「国際協力」「グローバリセーションと第三世界の民衆の健康」「保健・開発問題」「リーダーシップ・ディベロップ メント」「南北問題」「開発教育」「人権教育」「参加型学習」「街づくり」など、要請に応じて国内外で参加型研修(ワークショップ)や講演を展開。また、南山大学・南山短期大学・愛知県立看護大学などで非常勤講師を勤める。自衛隊イラク派兵差止訴訟の会代表。愛知県日進市在住。


2004年6月定例会(1)

○毛受敏浩さん((財)日本国際交流センター、チーフ・プログラムオフィサー)とお話する会
○テーマ:「地域社会のグローバル化への挑戦」
○日時:6月15日(火)18:30〜20:00
○場所:ぎふNPOセンター
○参加者:8人
○参加費:500円
○毛受敏浩(めんじゅ としひろ)さんのプロフィール:
(財)日本国際交流センター、チーフ・プログラムオフィサー。兵庫県庁に勤務後、1988年より日本国際交流センターで草の根交流及び自治体の国際化戦略、NGOや市民社会のグローバルな連携について調査研究を担当。近著書に「草の根の国際交流と国際協力」(明石書店、2003)「異文化体験入門」(明石書店、2003)等。現在、草の根技術協力事業選考委員(JICA)、概観国際交流調査協力委員会メンバー(国際交流基金)、NGO相談員選考委員(外務省)、横浜市国際交流協会国際交流助成選考委員会座長等。第一回国際交流・協力活動実践者全国会議2003委員長。慶応大学法学部政治学科卒。米国ワシントン州立エバグリーン大学行政管理大学院修士。静岡文化芸術大学非常勤講師を兼務。


2004年5月定例会

○野田直人さん(国際協力機構(JICA)派遣専門家・日本福祉大学国際社会開発研究科大学院講師)とお話する会 
○テーマ:プロジェクト計画の落とし穴 − 隠された仮説
開発プロジェクトに限らず、何かの計画をするときには気づかないうちに仮説
に頼っていたり、思い込みの上で計画を立てていることが多くあります。その点を自覚しないとプロジェクトに問題が生じても原因を探ったり、軌道修正を行ったりができずにどつぼに陥る危険があります。5月定例会では、現在セネガル在住で一時帰国中の野田さんをお招きし、プロジェクト計画の落とし穴について考える機会を持ちます。
○日時:5月11日(火)19:00〜20:30
○場所:ぎふNPOセンター
○参加者:6人
○ 参加費:500円
○野田直人(のだなおと)さんのプロフィール:    
三重大学農学部、メルボルン大学農林学部修士課程終了。1980年青年海外協力隊員としてホンジュラスに赴任したのを皮切りに、アジア、ラテンアメリカ、アフリカ各地で開発プロジェクトや調査に従事。インターネットでの情報発信、情報交換に力をいれメルマガ「国際協力マガジン」編集長。開発メーリングリストを主催。著書に『タンザナイト』(風土社)『開発フィールドワーカー』(築地書館)など。
○野田さんからのメッセージ:
国際協力は特殊な世界ではありません。日常生活の延長であり、日常の常識の延長です。http://www006.upp.so-net.ne.jp/africa/


2004年4月定例会

○市來圭さん(NPO法人ぎふNPOセンター事務局長)とお話する会 
○テーマ:イギリスのNPO事情
4月定例会には、2004年3月市民フォーラム21・NPOセンターのメンバーとともに訪英調査に参加した市來さんをお招きします。調査の焦点は行政とNPOとの間で作成し、合意されたコンパクトです。コンパクトは行政とNPOが一緒に事業を行うためにお互いに遵守する原則をまとめたものです。どのように作られ、どのように使われているのかについて聞き取りを行った調査から報告していただきます。
○日時:4月23日(金)19:00〜20:30
○場所:ぎふNPOセンター
○参加者:10人
○ 参加費:500円
○市來圭(いちきけい)さんのプロフィール:    
2001年よりぎふNPOセンターの事務局スタッフ、1996年から2001年まで日本国際ボランティアセンター・エチオピア事務所駐在
○市來さんからのメッセージ:
生で聞いてきたイギリスのNPO事情の一端をみなさんと共有できればと思ってます。    



2004年3月定例会

○小島祥美さん(大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程)
とお話する会   
○テーマ:「在住外国人の子どもたち:地域社会での取り組みと課題
〜子どもの教育環境調査を終えて〜」
10数年前から、家族、子どもと共に来日、定住する日系外国人が増え始めた岐阜県可児市は、人口の5.2%が外国人です。これらの方々の滞在期間は定まらず、毎月100人から300人以上の転入・転出者があります。日系人就労者の多い他の外国人集住都市でも同じ傾向にあると思われます。最近増えている国際結婚は日本がもはや多民族文化を持つ人々の国になっていることを示しています。しかし行政や教育施策はこのような多民族文化社会の現状に対して充分な取り組みが出来ているとはいえません。
可児市国際交流協会では、在住外国人が出来るだけ安心して暮らせる環境作りのための活動を行っています。
3月定例会では、厚生労働省「多民族文化社会における母子の健康に関する研究」班として、可児に移り住んで、「外国人の子どもの教育環境に関する実態調査」を行った小島祥美さんから、その取り組みに至った経緯と課題についてお話していただきます。
○日時:3月26日(金)19:00〜20:30
○場所:岐阜県県民ふれあい会館第2棟6階地方自治大学校6D研修室
○参加者:10人
○参加費:500円
○小島祥美(こじまよしみ)さんのプロフィール:
埼玉県草加市生まれ、東京育ち。埼玉県公立小学校教員後、計半年の南米一人旅へ。1996年より神戸にて外国人被災者支援のボランティアに参加する。その後、地域に暮らす外国人の子どもをキーワードに活動を開始し、仲間とボランティア団体「ワールドキッズコミュニティ(NPO法人たかとりコミュニティセンター内)」を神戸・長田区に立ち上げる。 http://www.tcc117.org/facil-kids
2003年4月より「子ども調査」のため、可児市に転居(厚生労働省「多民族社会における母子の健康に関する研究」班)し、現在に至る。大阪外国語大学中南米地域文化学科スペイン語専攻卒、現在大阪大学大学院博士後期課程在籍。



2004年2月定例会(2)

○ペマ・ギャルポさん(岐阜女子大学教授・岐阜女子大学南アジアセンター長)・福永正明(ふくながまさあき)さん(岐阜女子大学南アジア研究センター客員教授)とお話する会 
○テーマ:「在日外国人と地域社会?成果と問題:岐阜女子大学留学生の事例から?」
南アジア地域とは、インド、スリランカ、ネパール、パキスタン、バングラデシュ、ブータン、モルディブの7カ国が含まれます。これらの地域では、地域的な自然環境の特性にあわせて、多様な宗教や文化が生まれ、非常に特色ある社会を形成しています。南アジア地域は、ヒマラヤ山脈、豊かな自然、仏陀生誕の地、紅茶やカレー、さらに近年では活発に発展するIT産業、インドーパキスタンの間でのカシミール紛争に注目は集まっています。
岐阜県内にも多くの南アジア出身在住者が暮らし、県内各地には、インドを中心として南アジアの民族料理店や民芸品店なども多く存在しています。岐阜女子大学の文学部観光文化学科にはインドから7名の留学生が来日、2003年3月に卒業しました。留学生のうち3名は、岐阜県・大垣市各務市に就職しています。県内の他大学で研究活動を行う研究者や留学も多く、その他さまざまな理由により南アジア地域の出身者が岐阜県にも多数在住しています。
2月定例会(2)では、南アジア出身の留学生たちがどのように岐阜にとけ込み、そしてどのような問題を抱えていたかについて、ペマ・ギャルポさんからお話していただきます。また、福永正明さんから今年度の岐阜県国際交流センター助成事業である「南アジアの岐阜県内在住者調査からの県民啓発と政策提言」について、ご報告いただきます。
○日時:2月17日(火)19:00〜20:30
○場所:ぎふNPOセンター
○参加者数:8人
○ 参加費:500円
○ペマ・ギャルポさんのプロフィール:         
<学歴・職歴等>
1953年6月18日チベットのカム地方ニヤロン生まれ
1965年12月11日来日
1973年チベット文化研究会設立(チベット問題研究会/日本チベット文化交流協会を改名〉事務局長就任
1976年3月亜細亜大学法学部卒業(ダライ・ラマ法王日本駐在連絡官に任命)
1976年9月上智大学国際学部大学院入学
1977年4月チベット文化研究所所長就任
1977年12月亜細亜大学アジア研究所嘱託研究員
1978年12月東京外国語大学アジア・アフリカ語学研究所研究生
1980年ダライ・ラマ法王アジア・太平洋地区担当初代代表
1983年拓殖大学海外事情研究所客員講師
1990年4月アジア・太平洋地区初代代表退官
1991年4月日本作家クラブ(現日本文芸家クラブ)初の外国人メンバーとなる、岐阜女子大学客員助教授
1992年岐阜女子大学客員教授、日本経営者同友会特別名誉会員〈15000社〉
1993年インド政府観光局東京事務所顧問
1994年5月ネルー記念財団チベット学校常任顧問(在インド)
1995年(杜)日本国際青年文化協会常任顧問、学習院女子短期大学非常勤講師(94?95)
1996年モンゴル国立大学園担当顧問、4月岐阜女子大学教授
1997年1月三井薬品(株)顧問、アジア刑政財団学術評蝕委員〈国連NGO団体)、 9月拓殖大学海外事情研究所客員教授
1998年4月慶応大学訪問教授(99,3月まで)
1999年4月モンゴル国立大学一社会科学アカデミーより政治学博士号取得
2000年4月岐阜女子大苧南アジアセンターのセンター長
<受賞>
1995年11月第32回翻訳出版文化賞 受賞
1998年2月ペストチュナター賞   受賞
<趣味>   
読書、作文、アジア地域の文化研究、風呂敷とふんどしの文化研究
<主な出版物> 
「日本人へ 最後の通告」  小学館文庫(編著)
「お陰様イズムの国際関係」 東洋堂企画出版(著)
「チベット女戦士 アデ」  総合法令出版(監訳)
「国を捨てられない日本人の悲劇」 講談社
「おかげさまで生きる」 近代文芸社
「日本の宗教」 総合法令出版(箸)
「私たちのゆくえ」 KKベストセラーズ (監釈)
「チベット入門」 日中出版 (著)
「チベットはどうなっているのか」 日中出版く著)
「チベット民話28夜物語」 山手書房新社(監修)
「チベットあれこれ」 チベット文化研究回(編著)
「チベットの小手引き(2)」 チペγト文化研究会(翻訳)
「ドルジュの旅」 僧成社〈誇り)
「チベット文化研究会報・チベットの民話」(語り)
「仏教のこころ」 講談社〈共訳)
「チベット・メディテーション」「私のチベット」 日中出版(共駅〉
「中国とたたかったチベット人」 日中出版(共訳〉
「チペッ・トハンドブック」 東洋堂企画出版(渦署)
その他、亜細亜大学アジア研究所報、拓殖大学海外事情研究所報、月刊「中国研究、「?IEWS」、月刊「ビッグA」、「国会ジャーナル」各新聞、雑藷などに多数祝事を掲戟。
くマスコミ> 
*大隈讀賣テレビ「WÅKE?UP」準レギュラーにて出演中
*東京MXテレビ隔週出演
*「開口弘のサンデーモーニング」、朝まで生テレピ」などにも出演
く連 載 > 
*スーパービジネスマン「アジアニュースを部む」
*インテリジェンス「日本の潮流・世界の潮流」
<連救実績> 
*月刊誌「政財界ジャーナル」にて「ペマ・ギャルポの大使と語る」
*維態「A HARD DAYS NIGHTにて「アジアもっと放談」
*「スーパービジネスマン」にて著名人との連続対談「日本のアイデンティティー」
*雑藷「MOKU」にて「ペマ・ギャルポの地球なんでも相談室」
*雑聴「な?む」にて「ペマ・ギャルポの世界時評」
* ミニコミ紙「さい21にて「ペマ・ギャルポの世界と日本」
*東京新聞「言いたい放腰」1998年8月?1999年3月
○福永正明さんのプロフィール:
 1955年生まれ、東京都出身。
 インド国立バナーラス・ヒンドゥー大学大学院にてPh.D.学位取得、東京大学東洋文化研究所、拓殖大学言語文化研究所を経て、現在は岐阜女子大学南アジア研究センター客員教授。南アジアの社会、聖地と巡礼などについて調査研究をすすめている。主な著書『インド旅案内』ちくま新書、筑摩書房。



2004年2月定例会(1)
○松尾康範JVC(日本国際ボランティアセンター )タイ現地代表(〜2004年1月)とお話する会 
○テーマ:イサーンの百姓たちと地産地消の活動
「国境を越えて地域と地域が持つ智慧を紡ぎ、人々の大きな潮流を創り上げていこう」
1. イサーン(東北タイ)の人たち
イサーンの紹介、地理、歴史等。
2. 変容するイサーン
インフラ整備、電気、換金作物。
3.地産地消の市場づくり
  JVCの紹介、イサーンで取り組む地場の市場づくりの活動、NGOの活動とは。
4.グローバリゼーションとイサーンの智恵
  イサーンのNGOや農民運動家の活動。
5. むらとまちを結ぶ市場へ
  村の朝市から郡役所における町の直売市場づくりへ。
○日時:2月3日(火)19:00〜20:30
○場所:ぎふNPOセンター
○参加者:8人
○ 参加費:500円
○ 松尾康範(まつおやすのり)さんのプロフィール:
1969年生まれ。1990年からJVCの活動に関わる。94年にJVCボランティアとして1年間、東北タイ・ブリラム県の農村に滞在。帰国後2年間NGO「むらとまちのオルタ計画」に所属し、97年からJVC東京事務所にてタイ事業担当。2000年からタイ東北部コーンケーン県に駐在し、02年からJVCタイ現地代表。04年1月に帰国。著作に「土と出会い、人と出会う」地球的課題の実験村編著「生命めぐる大地」(七つ森書館)に所収、「地場で作る、地場で食べる」日本国際ボランティアセンター著「NGOの時代」(めこん)に所収、「人々の智慧を取り戻す 地場で作る 地場で食べる」駄田井正・西川芳昭編著「グリーンツーリズム」(創成社)に所収。著書に「イサーンの百姓たち(仮題)」(めこんから1月に出版)


2004年1月定例会

○金得永(キム・ドクヨン)岐阜韓国教育院院長とお話する会   
○テーマ:日韓交流と協力の歴史と未来
2千年前に王仁博士から始まった日韓交流は、江戸時代の朝鮮外交官雨森芳洲を経て現代へと引き継がれてきました。1月定例会では、金得永(キム・ドクヨン)岐阜韓国教育院院長をお招きし、サッカーワールドカップの共同開催、日韓生涯学習フォーラムの開催へと進展した交流と協力の歴史をふり返り、身近な国、韓国とのこれからの交流と協力のあり方を考えます。
○日時:1月16日(金)19:00〜20:30
○場所:岐阜県県民ふれあい会館第2棟6階地方自治大学校6D研修室
○参加者:15人
○ 参加費:500円
○ 金得永(キム・ドクヨン)さんのプロフィール:
日本の文部科学省にあたる韓国教育人的資源部から、3年の予定で派遣された教育学博士。2001年8月に来日、岐阜韓国教育院院長として、在日韓国人の教育や文化交流の任務にあたる。岐阜県立加納高校をはじめ小中学校での国際理解教育への助言や、生涯学習に関する研究を進めている。好きな言葉は「上善若水」―老子(道徳経)―水はわずかな高低差があれば留まらず、静かに流れ、色は無い。器に合った形となり、なんでも受け入れる、水のような自然な生き方が良い。老子の考えによれば、水は生命の基本であり、水の働きを最上の善とする。




2003年12月定例会

○ココラットさん(全ビルマ学生連盟のメンバー)とお話する会   
○テーマ:本当のビルマを知っていますか?
2003年5月30日、アウンサンスーチーさんがビルマ国内で遊説中に襲撃される事件が起きました。以来、彼女は5ヶ月以上も、ビルマ(ミャンマー)軍政管理の下で、外部との接触を絶たれたまま拘束されています。彼女と一緒に襲撃を受けた多くの人たちは、殺され投獄され、あるいは行方不明になったままです。10月にASEAN会議が行われ、国際的な注目・批判が寄せられていますが、当局は彼女を解放しようとしません。ノーベル平和賞受賞者で、1990年の総選挙では80%以上の議席を獲得した国民民主連盟(NLD)の書記長でもある彼女が、未だに政権を移譲されず、拘束され続けるビルマでは、なにが起きているのでしょうか?今回の定例会では、ビルマ民主化運動に関わるココラットさんをお招きします。ビルマの歴史的背景や、隣国タイとの国境にいる難民・ビルマ人の民主化団体の活動をビデオや写真で紹介していただきながら、今、日本がすべきことは何かをみなさんと一緒に考えたいと思っています。2003年8月末から9月にかけてタイ−ビルマ国境を訪問された安東弘子さん(ビルマのことに2001年から関わり、現在岐阜市生涯学習センター勤務)のお話もお聞きします。
○日時:12月5日(金)19:00〜20:30
○場所:岐阜県県民ふれあい会館第2棟6階地方自治大学校6D研修室
○参加者:14人
○ 参加費:500円
○ココラットさんのプロフィール:
1988年から民主化運動に加わる。元全ビルマ高校学生連盟の書記長。90年の総選挙の日、反政府活動を理由に逮捕された。釈放後も監視下に置かれたため、91年タイ経由で日本へ逃れ、ビルマの民主化運動を続ける。現在、全ビルマ学生連盟のメンバー。2001年に政治難民に認定。2002年10月、東京から名古屋へ移った。
○ココラットさんからのメッセージ:
人権のない国は、平和な国にはなれません。世界が平和になるためには、独裁をやめさせないといけません。今、ビルマ人は、たくさんの苦しみを抱えて生活しています。苦しみから解放されるためには、ビルマの民主化が必要です。ビルマの民主化のために、日本人にできることで、協力をお願いします。
○参加者のコメント
(Nさん)ココラットさん(全ビルマ学生連盟のメンバー)のお話を聞き大変ショックを受けました。私たちが普段、「あたりまえ」にしている事が「あたりまえ」にできない国が軍事政権下のビルマ(ミャンマー)であることがよくわかりました。政府の批判をすれば、それだけで逮捕され投獄されてしまうビルマ・・・秘密警察の怖さと軍事政権・独裁政権下の国々の現状を知ることができたような気がしました。(私などはビルマにいれば100年の刑を受けているでしょう。)ココラットさんの「ODAはいらない」「観光に来ないで下さい」という言葉に、他の国々とは違う軍事政権下の国々に対する私たちの民主化支援の1つの方法があることを知るとともにビルマに対する関心を多くの方たちにもっていただくことが重要な課題ではないかと思いました。ココラットさん頑張ってください。私はミャンマーでなく、これからもビルマと呼ぶ事にしました。



2003年11月定例会
○酒向和子さん・越村勝吉さん(TAJIMI海外陶芸家支援の会)とお話する会○テーマ:NPOと行政とのパートナーシップを考える
多治見市では3年に一度「国際陶磁器フェスティバル美濃」という陶芸コンペが開かれ、毎回多くの入賞者が世界中から多治見市を訪れます。しかし、市民との交流がなかったため、陶芸を通した草の根の国際交流・協力を目指して、TAJIMI海外陶芸家支援の会が発足しました。活動も5年目を迎え、行政からの事業委託も受けるようになってきました。今年度は、行政とNPOとの国際協力の岐阜県初の協働モデルケースとして事業を実施することになり、ただいま活動の真っ最中。11月定例会では、TAJIMI海外陶芸家支援の会代表の酒向さんとコーディネーターの越村さんをお招きします。活動を通して見えてきたNPOと行政との協働の利点、問題点などをみなさんと一緒に考えたいと思います。
○日時:11月7日(金)19:00〜20:30
○場所:岐阜県県民ふれあい会館第2棟6階地方自治大学校6D研修室
参加費:500円
○参加者:7人
○TAJIMI海外陶芸家支援の会:
平成11年6月に民間非営利団体として設立。現在会員数50名。海外の陶芸家を美濃焼の産地である多治見市に招き、陶芸を通した民間レベルの国際交流・協力を行っている。世界に開かれた魅力ある地域社会づくりを目指す。現在、9,10,11月に亘ってJICA, 多治見市及び岐阜県との協働により、ハンガリーとインドからの陶芸家を受け入れ中。
○参加者のコメント:
(Kさん)昨日の定例会でのお話は、先月の岡山さんの国際協力とは、少し違う角度から見た国際協力についての話で、とても勉強になりました。私は今まで、国際協力とは、先進国から途上国への援助という、少し不平等なものを考えていた気がします。なので、陶磁器というメディアを通すことで、お互いがお互いの国のことを理解していくという考え方が、とても新鮮で、自分の視野の狭さに気づかされました。陶磁器を通して、いろいろな国の文化や、その国の人々を知ることで、その国についてもっと興味が湧いて、そして、その国の人たちの平和を願えるようになったら、それこそ、本当に国際協力だと思います。また、日本がスローライフを見直すようになるためには、私たち消費者の選択によると思います。「土から生まれ、土に戻る陶磁器・・・。」という当然のことを、そういえば、そうだような・・・って、昨日言われて初めて気が付きました。普段何気なく使っているものですが、もっと関心を持っていきたいです。


2003年10月定例会(3)
○岡山典靖さん(シャプラニール=市民による海外協力の会海外活動グループ)とお話する会
(参考)http://www.shaplaneer.org/
○テーマ:「ネパールの農村開発及びネパールNGOとのパートナーシップ」 
10月定例会では、シャプラニールのネパール・カトマンズ事務所長として2003年に3年半の任期を終え、3月に帰国された岡山さんをお招きします。シャプラニールがネパールの丘陵地帯において実施している農村開発活動を例に、当事者主体の開発のあり方、住民との関係作り、現地NGOの役割、それに対して日本人としてなぜ、そしてどう関わるべきか、駐在経験を通じて感じたことなどを紹介していただきます。 ネパールではネパール人によって組織されたネパールNGOが数多く存在しますが、それらの殆どが外国からくる資金援助なしでは開発の仕事を続ける事が出来ません。シャプラニールもこれまで3つのネパールNGOをパートナーにして活動をしてきました。そうした単なるドナーではないパートナーシップのあり方、また日本人が担うことのできる役割について話し合いたいと思います。
○日時:10月27日(月)19:00〜20:30
○場所:ぎふNPOセンター
○参加者:17人
○ 参加費:500円
○岡山さんからのメッセージ:ネパールでは1990年の民主化後、海外からやってくる国際NGO、ネパール人によって設立されたネパールNGOの数が年々増え続け、現在では国際NGOが約120団体、ネパールNGOにおいては1万団体以上あるとされています。国際NGOはネパールNGOとパートナーを結んで事業を実施することがネパール政府の政策にもなっています。シャプラニールも1996年からこのパートナーシップ型によってネパールで活動してきましたが、これまでに見えてきたパートナーシップの利点、課題等を紹介し、ご参加の皆さんからもご意見をいただければ幸いです。○岡山典靖(おかやまのりやす)さんのプロフィール:
1966年10月生まれ(36歳)
1991年 北海道大学水産学部卒業
1991年 青年海外協力隊魚養殖隊員としてバングラデシュ、ジャマルプール県に赴任。農村部での淡水魚養殖の普及活動に携わる。
1993年 帰国、民間の魚養殖会社勤務
1997年 (財)海外漁業協力財団入団、水産分野でのODA事業を担当
1999年 シャプラニール入会、7月よりカトマンズ事務所長としてネパールへ赴任2003年 3年半の任期を終え、3月に帰国
○参加者のコメント
(Tさん)大変おもしろかったです。実際に現地に行かれた岡山さんの話は、とても新鮮で、現地の様子を知ることができました。新しい発見がたくさんあって、またいろいろな話を聞きたいと思いました。また、他に講演を聞きに来られていた方とも、また話をしてみたいと思いました。「グループ意識」についての話し合いは、いろいろな意見が出て、もっと続けたかったです。捉え方がそれぞれ違っていて、いろいろな意見が聞けてよかったです。新しい発見ができるディスカッションは、とてもおもしろいです。
スポーツを通じた活動についてのお話も聞いてみたいです。中学、高校と部活でハンドボールを続けてきたものですから、もしそれが活かせることができたらいいなあと
も思いまして。また、教育についてのお話も聞いてみたいです。そうですね〜、もっとたくさんのことを話してみたかったです。1時間半はあっとい
う間でした。



2003年10月定例会(2)
○チャイヤワット・ポーンティップさん(タイ王国ピサヌローク県コミュニティ開発員・JICA研修員)とお話する会
○テーマ:「タイ地域開発の現状、問題点、日本との比較」
岐阜県は、平成13年度に、ODA(政府開発援助)の実施機関の一つである国際協力銀行との連携によって、タイ王国における「道の駅」を活用した地域おこしを展開するための可能性調査を実施しました。今回は、そのフォローアップ事業として、岐阜県が研修員として受け入れている、ポーンティップさんをお招きします。
現在、タイは地方分権が進められていますが、まだ中央政府の力が強い状態です。タイと日本の地域開発の大きな相違点は、日本では、過疎化対策で地域開発が進められているのに対し、タイは、農村の所得向上に重点がおかれていることが挙げられます。タイ王国ピサヌローク県でコミュニティ開発員として活動するポーンティップさんからタイの地域開発についてお話をお聞きし、日本の地域開発を振りかえってみる機会としたいと思います。
○日時:10月8日(水)19:00〜20:30
○場所:ぎふNPOセンター
○ 参加費:500円
○参加者:12人
○タイ語通訳:小山峯子さん
○チャイヤワット・ポーンティップさんのプロフィール:
所属先:ピサヌローク県コミュニティ開発事務所
職務:ピサヌローク県コミュニティ開発員(内務省地域開発局県事務所職員(国家公務員))(1993. 2 〜)
[所属する組織の仕事]
(1) コミュニティが力を向上させ自立するための住民参加プロセスを促進すること。
(2) コミュニティ組織の可能性を開発すること。
(3) 一村一品運動(コミュニティ起業)。
[自分自身の仕事]
コミュニティ組織とコミュニティリーダーの開発に加え、コミュニティが力を向上させるための地域住民の学習過程を促進すること。一村一品運動(コミュニティ起業)も担当。
[帰国後の研修成果の活用]
ピサヌローク県のコミュニティ市場の可能性を調査する。3ヶ月前、ピサヌローク県にもコミュニティ市場がオープンしたが、現在は閉鎖してしまった(この分野の専門家である職員の不在が原因と思われる)。本研修で学んだ知識や経験を持ち帰って、ピサヌローク県、タイ王国におけるコミュニティ市場へ適用したい。
<ピサヌローク県に関する情報>
人口           791,652(2000年時点)世帯数 224,634
面積           10,584q                           
行政機関         9郡 
一人当たり県民総生産   40,345バーツ(約100,900円)

○参加者のコメント

(Uさん)懐かしい方にお目にかかれて嬉しかったです。私達が、バンコクセミナーで話し合ったことが中途半端で、消化不良のままでしたが、ほんの少し消化できたような気がします。国内で何かを行うでも大変なのに、国の組織、自然気候、文化・・・違う国が協力して行うことの大変さを強く感じています。そんな中で協力を行うには、まず人と人が対等に向き合い、理解しようと努めることが基本だとも感じています。先進的に取り組んでいるからどうこうではなく、1つ1つについて、良さと課題を確認しながら進めていくことの必要性を学びました。今回、セミナーを韓国と共催する過程で学んだことです。
(Nさん)途中からの参加になり申し訳ありませんでした。今回感じたことは、ポーンティップさんがタイから来日され且つ、通訳の方をとうしてのお話であったにもかかわらず、参加者側がコメント・質問を出しやすかったことです。多分、ご自分が知りたいこと・疑問に思うことや自国の現状を素直によく要点をまとめてお話いただいたからだろうと思いました。また小山さんの素晴らしい通訳に感動しました。ポーンティップさんの気持を私たちに素直に伝え、私たちが質問をしたくなるような雰囲気になった部分において小山さんがはたされた役割は大変大きいと感じました。小山さん有り難うございました。タイにおいてはまだまだ、地方自治体の力が弱く、自立するにはまだ多くの時間と努力が必要だと思われますが、ポーンティップさんのような生活者の現状を真剣に考え、改善に取り組まれる若い政府関係者がおられることがわかり、これからのタイの将来に期待できそうな予感をもちました。
(Wさん)初めての参加で、多少、的はずれの質問もあったかと思いますが、ご容赦ください。反省なのですが、私のフィールドがネパールで、タイとは状況は違うはずなのに、引きずられてしまいました。顔の見える集まりでしたので、質問できる雰囲気が良かったです。ポーンティップさん、小山さんに感謝いたします。
(Iさん)
昨日、定例会でお話しした日本国際ボランティアセンター(JVC) のタイにおける朝市プロジェクトについて、詳しくお話しできずすみませんでした。JVCのホームページに紹介がありましたので、もしご興味があれば見てみてください。http://www1.jca.apc.org/jvc/jp/projects/thailand/prj02cover.html


2003年10月定例会に替えて
国際開発学会東海支部合宿(フィールドワーク日本の開発経験)

趣旨
 近年、国際協力事業団、国際協力銀行などは、日本の地域開発のなかですぐれた取組みを、今日の開発途上国に移植できないか研究を重ねている。また、開発途上国の開発支援に取り組むものにとって、日本はどのような開発経験をつんできたのかを学ぶことも大変重要である。そのため東海支部では、当分の間、毎年1回日本の開発経験を知るためのフィールドワークを行うことにしている。
 21世紀は参加民主主義の時代と言われる。これまで日本では、市町村レベルでも役場と商工会議所(町村では商工会)、農協、観光協会などが密接に連携し、「株式会社日本」の地方版を運営してきた。さらに地域団体として町内会連合会があったが、これはかなり形骸化しているものの、自治体政府との連携のシステムとしては全国的に整備されてきた。
「ガバメントからガバナンス(政府と民間企業、市民団体との協治)への移行」
といわれる今日の地方自治体の変化を、今回は、岐阜県多治見市で見ることによって、地方分権化が世界潮流として進んでいる途上国地方政府のガバナンスのあり方を考えてみたい。

日程:2003年10月3日(金)〜4日(土)
場所:岐阜県多治見市
定員:25人
対象:国際開発学会東海支部会員の他、テーマに関心のある方どなたでも。現地での
移動は自家用車、タクシー等の乗り合わせのため、自家用車で参加してくださる方を歓迎します(割引あり)。

参加費:一般1万5千円、学生1万2千円
参加費に含まれるもの:1泊4食代(昼2・夕1・朝1)、面談先への土産代、現地
移動費(ガソリン代、タクシー代)、交流会費(招待者分含む)、雑費(コピー代・
美術館入館料等)
その他:参加者は、事前準備としてHP等で多治見市の概要を予習してくること

主催:国際開発学会東海支部
http://www-new.gsid.nagoya-u.ac.jp/kimura/jasid_tokai/
協力:DDC−GIFU(地域主体の国際協力・岐阜)
http://www.geocities.com/wgddc/WG.htm


スケジュール:
2003年10月3日(金曜日)
9時45分
 多治見市役所ロビー集合
(JR中央線快速 名古屋発8:45→多治見着9:25)
10時ー11時 
西寺雅也 多治見市長 面談
「選挙公約と自治体政策」及び「人口減少時代の自治体政策」
   
11時ー12時、13時半ー14時半 
多治見市役所職員面談
「総合計画と財政の一体的な行政運営」(企画課・財政課)
「持続可能な地域社会形成のためのプロジェクト」(健康福祉政策課
「陶磁器を核とした産業観光の取り組み」

15時ー16時
(株)織部 奥村紀八郎 社長 面談
(全国的な、陶磁器の小売りを展開。)
16時半ー17時半  
美濃焼スクエア 川上智子 店長/陶芸家 面談
http://portal0.to-no.jp/shop/square/
   
19時ー 
交流会(可能なら面談した人に声をかけて参加してもらう。)

*宿泊:多治見神言修道院
http://www.i-chubu.ne.jp/~schans/kennshu.html

10月4日(土曜日)
8時半ー9時
掃除
9時ー10時 
講演「日本のローカル・ガバナンスの途上国への適応可能性(仮題)」
名古屋大学大学院国際開発研究科 木村宏恒 教授
10時半ー12時 
TAJIMI海外陶芸家支援の会 
酒向和子 代表、越村勝吉 コーディネーター 面談
http://www.takumi21.com/web/yakimono.html
(平成11年6月に民間非営利団体として設立。現在会員数50名。海外の陶芸家を美濃焼の産地である多治見市に招き、陶芸を通した民間レベルの国際交流を行っている。世界に開かれた魅力ある地域社会づくりを目指す。この秋は、JICA, 多治見市及び岐阜県との協働により、ハンガリーとインドからの陶芸家を9.10.11月に受け入れ予定。)

13時半ー15時
地域通貨R運営委員会 関谷剛一代表 面談

「市民による地域の活性化事例<ボランティアから商売まで>」
(多治見で運送会社を経営しながら、人モノ情報の集まる市場(バザール)をコンセプトにしたリサイクルショップ、お母さんのための託児つき喫茶店の支援、元祖コミュニティビジネス便利屋、高齢者就業組合のエルダーワーカーズクラブ等、地域コミュニティの再生を旗印にいろんな事業にチャレンジ。この街を終の住処にするために地域で互いに支えあっていく仕組みをつくる事を目指す。地域通貨も地域で善意を交換する仕組みを促すツール(道具)であり、大事なことは地域通貨を使って何をするのか。グローバルスタンダードに対抗するには、地域で心とモノの自給自足させる事、ポスト資本主義の秘密兵器は貧乏力、をモットーに活躍中。)

15時半ー16時半 
 市之倉さかづき美術館・市の倉陶器市視察、 加藤祐子 学芸員 面談
http://www.sakazuki.or.jp/menu.html
(日本最大の生産量を誇る美濃の陶産地の中でも、市之倉は精緻で高水準の盃や煎茶器を生んだ所。明治期には全国盃生産の大部分を占め、現在では、静かな焼物の里として多くの陶芸家と手づくりの窯元が親しみのある焼物を世に送り出している。)
17:00
解散(JR多治見駅)

多治見市http://www.city.tajimi.gifu.jp/
岐阜県南部、東濃地方の西側にあり、緑豊かな山々に囲まれた盆地。陶磁器生産地として知られている。JR中央線を利用して名古屋から約40分。市の中心を流れる土岐川沿いに市街地がある。
人口:103855人(H14.10.1)
財政:http://www.city.tajimi.gifu.jp/section_news/kikaku/budget/14budget/y


2003年9月定例会

○関野伸之さん(青年海外協力隊セネガルOB)とお話する会     
○テーマ:セネガルの環境問題とその取り組み
9月定例会では、岐阜県から青年海外協力隊としてセネガルへ現職派遣され、2002年12月に帰国された関野さんをお招きします。2003年9月のセネガル再訪時の映像も交えてお話ししていただきます。なお岐阜県職員としてはこれまで27人(うち教員21人)が青年海外協力隊員として現職派遣されています。 
○日時:9月22日(月)19:00〜20:30
○場所:岐阜県県民ふれあい会館
第2棟6階地方自治大学校6D研修室
○ 参加費:500円
○参加者:9人
○関野伸之(せきののぶゆき)さんのプロフィール:
1972年生まれ。幼少の頃から野鳥に興味をもち、世界各地へエコツアーに出かける。2000年12月、青年海外協力隊員(生態学)として、セネガル環境保護省国立公園局に派遣される。UNDP(国連開発計画)やUICN(国際自然保護連合)等と協力し、野鳥調査・植林・環境教育といった環境保全活動を行う傍ら、地域住民の生活向上を目指した国立公園パンフレット販売事業を立ち上げる。2002年、セネガル初の野鳥図鑑となる“Le Guide des Oiseaux au S?n?gal”を制作。同年、外国人として初めて“DECRENE A”を受賞。
○関野さんのメッセージ:
アフリカ大陸最西端の国セネガル。2002年W杯、初戦で王者フランスを破り、初出場でベスト8に進出し、一躍有名になりました。日本の2分の1ほどの小さなこの国は、独立当初から民主的な政治が行われてきました。特に現大統領アブライ・ワッドが政権を担ってからは、女性の総理大臣を登用、改革路線を歩み、着実な経済成長をとげ、西アフリカのリーダー国として注目されています。しかしながら、経済発展に伴う人口の増加と生活様式の変化は国土をむしばみ続けています。森林伐採による砂漠化、環境難民、密猟や海洋汚染による野生生物の絶滅等、セネガルもまた他の発展途上国同様、多くの環境問題を抱えています。こうした状況のなか、政府や国際機関、NGO等が協力し、各地で地域住民主体の環境保全活動が行われ、人々の環境に対する意識も徐々に高まりつつあります。国境なき生物保護区の設立など、最新の情報も交えながら、アフリカの目指す持続可能な開発について、みなさんと考えたいと思います。
○参加者のコメント
(Nさん)定例会楽しくお聞きしました。いくつか大変興味あるお話が聞けました。セネガルでは肥えた女性が美人である事、もしかすると日本ではモテナイ私もセネガルでは美男子かも・・・。海外協力隊についていろいろお伺いできとても参考になりました。最初の三ヶ月は大変だということや仕事は自分で作っていかなければならなかったこと、やはり病気等の危険が伴う事など、女性の隊員ほうが精神的にも強いのではないのか等々・・・。本当に、楽しくお聞きする事ができました。セネガルでも地域の住民をどの様に活動に参加させるかを一番の課題ととらえられ努力されたことが大変よくわかりました。


2003年8月定例会

○コットンボール銀行代表 内田晴代(うちだはるよ)さん・岐阜県藤橋村役場藤橋村活性化推進室企画調整係長 船越浩海(ふなこしひろみ)さんとお話する会     
○テーマ:平成14年度国民参加型援助促進セミナー参加報告
8月定例会では、国際協力銀行(JBIC)の国民参加型援助促進セミナーに参加され、タイ国を訪問されたた内田さんと船越さんをお招きします。
JBICは、初めての試みとして2003年1月〜2月に「国民参加型援助促進セミナー」を実施。このセミナーは、JBICとの連携を通じた国際協力に関心のある団体(NGO、地方自治体、民間企業等)を公募し、JBICの業務概要に関する研修、開発途上国における円借款事業等の視察を通じて、JBIC業務への理解を促進し、参加団体とJBICとの連携の促進につなげることを目的として実施。公募による選考の結果、合計26団体(34名)が参加。26団体の内訳は、地方自治体8、NGO等民間非営利団体13、民間企業5。(参考:http://www.jbic.go.jp/japanese/topics/030318/index.php)
○日時:8月22日(金)19:00〜20:30
○場所:岐阜県県民ふれあい会館第2棟6階地方自治大学校6D研修室
○ 参加費:500円
○参加者:6人
○内田さんのメッセージ:
「知的協力」について、生涯学習という視点で考えてみました。個々の学習成果を社会へ還元するということで、共に住みよい社会をつくっていこうとの考え方です。このような視点から「知的協力」という海外援助を考えたとき、現代日本が抱える問題の中にヒントがあることを見出しました。セミナーから得たこと、それをどのように発展させていくかについて、皆さんのご意見をいただきたい思います。
○船越さんのメッセージ
住民を巻き込んだごみ施策や地域振興を切望する姿は、日本の「オンリーワンの発掘、開発」「地域の顔作り」「人材と情報」と言った日本の地方自治体の施策に重なります。藤橋村http://www.ginet.or.jp/fujihashi/は、「星のふる里」を冠とし、天文台や道の駅などを拠点とした地域振興に取り組み、タイ・タカ村との国際交流も行っています。セミナーでの成果を租借還元し、当村の経験がJBICとの今後の連携に寄与することを願います。
〜参加者のコメント〜
(Nさん)
本当に丁寧に時間をかけてまとめておられるのに、感激しました。まず第一に感じたことは「生活者の視点」で見てこられたのではないだろうかということです。専門家はえてして、ご自分の専門分野に関係することに目が行きがちですが、お2人はごく一般的な(こういう表現が適切かどうか・・・。)自治体職員とボランティア団体の代表であり、むしろこの点が主催者の意図する部分であり、これからの開発援助における
重要なことではないだろうかと思いました。今回ご紹介いただいた場所は、コミュニティーに対しての支援を重点にしているように感じました。さて、一村一品運動(大分県でしたっけ。)道の駅(国土交通省の関係?)等日本でもよく知られた事例が思いのほかうまくいっているように感じました。行政と住民の協働(日本で大流行ですが)がむしろ日本よりうまくいっているのではないだろうかなどと考えてしまいました。あくまで推測ですが行政と住民との垣根が日本より低いのではないのかな…。ゴミの分別収集、ポイント発行(自転車がもらえる)・・・エコマネーの発想?等に日本からの、ハードでなくソフトの部分での援助のかたちが見て取れたように感じられました。日本が見習うべき点もあるのではないだろうかとも感じました。


2003年7月定例会
○和田信明さん(特定非営利活動法人ソムニードhttp://www.somneed.org代表理事)とお話する会

○テーマ:「住民参加の本質」
○日時:7月8日(火)19:00〜20:30
○場所:ぎふNPOセンター
○ 参加費:500円
○参加者:14人
○和田さんからのメッセージ:
「住民参加の本質」ですが、テーマはコミュニティー開発です。日本でなじみの深い言葉で言うと、地域づくりとかまちづくりに関わることだと思います。住民参加の政治という点では、選挙で議員を選び、自分たちの代表を送るところで、すでに「住民参加」はできているわけですが、なぜ今、ことさら「住民参加」なのか、住民とはいったい誰なのか、何を指して住民参加というのか、インドをはじめとする途上国の経験や、日本でのコミュニティー開発の経験を交えてお話しします。
○和田信明(わだのぶあき)さんのプロフィール:
1950年、東京に生まれる。1972年から1978年、フランス国立ストラスブール大学人文学部社会学科留学。1993年、サンガムの会(現在のNPO法人ソムニード)設立、代表。1999年4月、NPO法人ソムニード・サンガム設立に伴い専務理事。2000年2月、外務省-NGO共同評価団団長としてラオス調査。2000年4月、NPO法人ソムニード・サンガム代表理事となる。2000年9月、ぎふNPOセンター設立、初代代表。2001年10月、NGO-JICA 評価小委員会委員としてインドネシア調査。2002年,2003年とJICAインドネシア研修生のスタッフ養成講座にて住民参加の指導を行う。2002年8月ヨハネスブルグ・サミット関連会合に参加。
現在の役職:特定非営利活動法人ソムニード代表理事、ぎふNPOセンター理事長、岐阜県総合開発審議会委員、岐阜県障害者雇用促進協議会委員、公益信託ぎふNPO基金運営委員、ぎふNPO協働委員会委員、NPOと行政の協働に関する検討委員会委員、岐阜県青少年海外派遣事業懇話会委員、名古屋NGOセンター政策提言委員
訳書:ロベール・ジョラン「白い平和」(現代企画室1985年)
論文:「De l'Ethnocide」(1977年)、「医の文化人類学」(1981年)など
エッセー:岐阜新聞「素描」連載(平成10年9月〜10月)、読売新聞「ぎふ十人十色」連載(平成13年6月〜)など

〜参加者のコメント〜
(Nさん)昨日の和田さんのお話には、支援、協力に関しての本質的な問題提起とあり方が含まれていたように感じました。昨日の話の中に、いくつかこの頃よく出てくる言葉があり興味深くお聞きしました。今、私どもは直接・間接を含めいくつかのeコミュニティープラットフォームの構築事業に関係しております。その中に必ず出てくるのが、ガバナンス(協働による自治)、エンパワーメント(心理学的・経営学的・社会学的でとらえ方が少しちがうようですが、私は「自分らしさを活かして、自立して生きる」という社会学的とらえ方がすきですが)、コラボレーショーン、ナレッジマネージメント等のことばであり、大学の先生からは「コミュニティー・オントロジー」なる学のない私には意味不明の言葉も出てきます。また「住民参加」「市民参加」も定番で、この中ではリスクコミュニケ-ション支援もよく問題になります。私はまともに高校も出ていない人間なので難しい事はわかりませんが、和田さんのお話のように、ニーズに応えることだけが支援・協力ではなく、地域の中で個人個人が「自分らしさを活かして、自立して生きる」ことができるようになるために個人も含め地域社会の中で何を考え、何をしたらいいのかを問いかける時代になってきているように思います。大変勉強になりました。
(Hさん)私も「人のいいNさん」と同感で、支援・協力に関する問題提起について、改めて考えさせられました。会場でもお話させていただきましたが、私自身関わっているタイへの協力事業で、小学校の寮をつくったら、どんどん親が子を残して都会に出稼ぎに行ってしまうという結果になって、「ほんとにこれでいいのか」という問題に突き当たったことがありました。きっと、和田さんのお話のように、単なるニーズに応えるのではなく、「なぜ、そうしたいのか。何が原因なのか」当事者と一緒に分析してから「じゃあ こうしよう」という解決策に向かっていかなければならないのですね。もともとずっと自立して生活していたところへ「海外協力」という名のもとに「依存体質」をつくってしまうということを理解したうえで、関わっていくことが大切ですね。Uさんの発言にもあったけど、同じことが、今、日本でもきっとありますよね。行政がNPO支援、ボランティア支援などとやっていることは、実はNPOつぶしかもしれない。じゃあ、何もしなければいいのか。きっとそうではなく、物事の本質を見抜く力。県職員にも是非必要な力ですね。それは、きっと私が所属する地方自治大学校の役目かも?
(Uさん)私は全く国際協力音痴ですから、意見を求められても的をはずすようで怖いです。私は、インドの状況、貧困の村がどのようなものなのか想像がつきません。ですから、和田さんのお話を日本社会に置き換えながら伺いました。住民参加とはどういう状況をさすのか少し理解できたような気がします。日本は民主主義国家であるから、当然住民参加していると思っていますが、本当にそうだろうか?思い込んでいるだけではないだろうか?自分の地域の問題を自分のこととして考えているだろうか?帰路、自転車をこぎながら自問しました。
(Rさん)先日はとても有意義な会に参加させて頂きありがとうございます。東京から出かけた甲斐がありました。よそから行った私を暖かく迎えていただいたことがまず何よりでした。和田さんが現場の経験を通して気付かれた「住民参加の本質」についてのお話大変ためになりました。単に考え方だけでなく、そこにいたる苦闘の自問自答の過程についてのお話が貴重でした。私は、1987年から東北ブラジルの同じ場所で保健医療分野の技術協力プロジェク トにかかわっています。いわゆるODAのJICA事業です。その中の試行錯誤でたどりつた考え方というのは和田さんがたどり着かれた考え方に 限りなく近いものがあります。住民主体の開発への協力、お互いに学ぶパートナーシップそして現場でともに考える取り組み等々。ODA、NGO問わず現場の経験教訓の共有が大切だと感じた次第です。これからもよろしくお願い致します。現在かかかわっているのはこれから始まる予定の「東北ブラジル健康なまちづくりプロジェクト」といいます。また、ぎふNPOセンターというNPOそのものの存在にも大変興味をそそられました。また、何かの機会にその活動のお話も聞きたいと思います。
  



2003年6月定例会

○宮川修一さん(岐阜大学農学部教)とお話する会     
テーマ:「熱帯に生きる人々の農業と自然〜タイ東北部の天水田農業の20年」
熱帯は地球環境保全の鍵です。熱帯林の喪失に伴う地球温暖化、生物多様性の減少。いまや熱帯をめぐるさまざまな問題がマスメディアに登場しない日はありません。熱帯自然の保全なくして世界中の人々の将来はありません。にもかかわらず、私たちは熱帯を知りません。多くの日本人がイメージする熱帯は、未開のジャングル、美しい風景、人々の気楽な生活です。今回の定例会では、農学の専門家である宮川さんをお招きし、急激に変化する熱帯の今を、タイにおける20年間のフィールド調査に基づいて解説していただきます。熱帯の自然と人々の真の姿を通じて、日本の国際協力のあり方を再検討する機会としたいと考えています。現地の写真等映像をたくさん見せていただけます。農業に詳しくない方でも、タイに関心のある方等、どなたでもご参加ください。
○日時:6月19日(木)19:00〜20:30
○場所:ぎふNPOセンター(岐阜市藪田南2-1-1 県庁付属棟内)
○ 参加費:500円
○参加者:10人
○宮川修一(みやがわしゅういち)さんのプロフィール:
1951年生まれ。長野県出身。長野県農業総合試験場技師を経て現在岐阜大学農学部教授。作物栽培学、農業生態学を専門としている。1981、83年に東北タイ・コンケン県ドンデーン村の総合調査に参加して各半年間村に滞在し、稲作を中心に実態研究を行う。1991から92年にかけて東北タイに1年間滞在し、当時急成長中のタイ経済が村の農業や暮らしに与える影響を研究した。2002年度から始まった第2回ドンデーン村総合研究に参加し、学生とともに現地調査を行っている。この間、東北タイや近接するラオスなどの農業に関する各種の研究プロジェクトに参加して、様々な角度から東北タイの農業と農村の実態や変化を考察してきた。以下のページをご参照ください。http://www.gifu-u.ac.jp/~miya/MIYAGAWA.htmhttp://www.gifu-u.ac.jp/~miya/kokaikoza15.htm
〜参加者のコメント〜
(Uさん)今年1月にJBICのセミナーでタイの村を訪問しました。現金収入を得ることに懸命の村民、農業を生活基盤にできるような施策をすべきという日本からの参加者の意見が分かれました。タイは近代化が進む一方で、都市の農村の生活格差が広がっています。戦後の日本がたどってきたように、経済成長のみを優先し、心まで捨てていくようなことがないように願っています。タイでいただいた綿の種が芽を出しました。成長する様子を眺めながら、この種の中に何かの可能性がないかと考えています。
(Nさん)本当にコツコツと細かいデータと現地の人の動き等を膨大な資料にまとめられた努力と研究に敬意を払います。北タイにおいても日本と同様に山村部では若者は都会にでて、年寄りが残り、農業だけでは生活していけないという日本と全く似たような状況にあることを知り、少し驚きました。経済のグローバル化が色々なところで問題としてとりあげられていますが、人々の生活も世界中で似たような状況にあるのかもしれませんね。グローバル化は色々な方面に影響を与えているのでしょうね。



2003年5月定例会

○林口宏さん((有)フェアトレーディング代表)とお話する会     
テーマ:「コーヒー生産の環境問題とコーヒー取引における貧困問題」
5月17日は国際フェアトレード・デー。2003年の日本におけるテーマは「人の手が創る未来−Slow, Small & Sustainable」(http://www.wftday.org/)です。今回の定例会では、私たちの生活に身近なコーヒーを通して世界を見てみましょう。フェアトレードについて、ぜひ予習してきてください。
○日時:5月22日(木)19:00〜20:30
○場所:ぎふNPOセンター
○ 参加費:500円
○参加者:15人
○林口宏(はやしぐちひろし)さんのプロフィール:
1973年生まれ、愛知県出身。元通関士。愛知県のNGO、アジア保健研修財団(AHI)でのボランティア、東京のフェアトレード団体、グローバルヴィレッジでのインターンを経て1999年9月渡米。非営利のフェアトレード認証団体、トランスフェアUSAでの一年間のインターンを通して、アメリカスペシャルティコーヒー業界とフェアトレードコーヒーに関わる。 2000年10月 コーヒー生産と途上国のコミュニティレベルにおけるフェアトレードを調査する為に中米へ渡る。コスタリカ・ニカラグア・ホンデュラス・グアテマラのフェアトレードコーヒー協同組合を通じて、中米に約7ヶ月間滞在。多くの時間をコーヒー生産地域のコミュニティで過ごし、コーヒー生産者と寝食を共にする。2001年6月 帰国。2002年3月 約6ヶ月の準備期間を経て(有)フェアトレーディング(http://www.fairbeans.org)を設立。


2003年4月定例会
○神田浩史さん(ODA改革ネットワーク、世界水フォーラム市民ネットワーク)とお話する会     
テーマ:「戦争と平和」〜アメリカとイラク、そして私たち〜
21世紀になっても、不幸な戦いが続いています。なぜ、そのような戦いが続くのか。独裁者を育てたのは誰なのか?何が原因で戦いが引き起こされるのか?黙ってしまっている私たちは、どのように戦いに『寄与』してしまっているのか?イラクとアメリカの関係、そして日本が果たしてきた役割について、一緒に考えてみましょう。
○日時:4月22日(火)19:00〜20:30
○場所:ぎふNPOセンター
○ 参加費:500円
○参加者:12人
○神田浩史(かんだひろし)さんからのメッセージ:
私たちのおカネがどこでどのように使われているのか、また、私たちが使っているモノはどこでどのように作られているのか。そんなことに興味を持って世界各地を歩いてきています。身近なことから世界との繋がりを考えてみると、今、世界で起こっていることがわかり易くなる、人ごとではなくなる、と思い、見聞きしてきたことを、多くの人に伝えるようにしています。一人でも、一つでも多くの行動が、地域を変える、世界を動かす、そういう思いで、日本各地を語り歩いています。岐阜県垂井町在住。

〜参加者のコメント〜
(Nさん)昨日の神田さんのお話はいつもながら大変興味深くお聞きしました。国民の皆さんの郵便貯金や税金がODAという形で戦争のために(直接・間接を含め)使われているという現実をお聞きしショックを受けると共に、いきどうりを感じられずにはいられませんでした。今回の戦争を見ても日本の報道は戦争の本当の現実を伝えていない(伝えようとしていない)様に感じられます。私達一人一人が関心をもつ事、自分の事だけでなく、他人(他国)の事にも関心をもつ事、自分達のお金(税金も含め)がどの様に使われているのかという事に関心をもつ事が、もしかすると、日本の政治を少しづつ変えていく為に重要ではないのかなと感じました。戦争後のアメリカ(ブッシュ大統領)の出方に非常に恐ろしいものを感じられずにはいられません。
(Fさん)初めて神田さんのお話をお聞きし、ODAとか耳にしても何か良くわかっていなかった状態。帰宅後、新聞を見開けば「ODA の透明化高める」・・イラク復興へ緊急人道支援とある。おもわず本当だろうか?私のボランティア貯金は戦争に使われたんだろうか?なんだか神田さんのお話を聞いてどこに真実があるんだろう。本当を伝えない報道のなかで神田さんが無事帰国されお話を聞けたのは奇跡に近いことだったかも知れないとことの重さを感じます。富を持つ人が益々富を増やし、一方貧しい人がさらに貧しくなって、つらい仕事や安い賃金は、より立場の弱い人々へと押し付けられています。私の見てきたインドも「これは変わらない」とポツリ、担当NGO スタッフ。最近の講演会のなかで途上国の村長が「支援をしてくれる日本に感謝しています。ただひとつ教えてほしい。今まで空からは 雨が降り大地を潤してくれた。それが今はなぜ爆弾がふってくるのか?教えてほしい。」とあなたは何を こたえますか?この胸に重くのしかかる思いはなかなかことばを選べません。簡単に感想は述べられませんが皆さんとともに共有できた時間思い感謝します。

〜資料〜

地域主体の国際協力・岐阜
DDC(=Decentralized Development Cooperation)-GIFU
 「戦争と平和」
〜アメリカとイラク、そして私たち〜
2003.4.22
神田 浩史
. 1990年8月タイにて
       カンチャナブリという町
       
Forgive, but not forget.

       知らなかったアジア太平洋戦争
2. 1990年8月が発端となった戦争
       イラクによるクウェート侵攻
       中東のヒトラーと称されたサダム・フセイン大統領
       日本政府の”中東貢献策”
. 1990年8月以前のイラクと日本との関係
       1970年代に締結された不平等な「経済協力協定」
       1980年代は最大のイラクへのODA供与国
       「経済協力協定」改訂の直前に起こった侵攻
. 1991年1月に始まった戦争
       画面の中の戦争、ゲーム感覚の戦争  
     
「多国籍軍」の実相、湾岸平和基金の実態

       日本政府の”国際貢献策”
. イラク行きを模索して
       ”市民による調査団”を呼びかけ
       イラク政府によるビザ発給
       戦争の終結と国境の封鎖
. ヨルダン、パレスチナを調査して
       イラクから逃れてきた人たちへのインタビュー
       イラクのビザを得られるNGO、得られないNGO
       日本を敵視する見方とイスラエル占領地での経験と
. 1991年4月に固まった方向性
       戦後初めての海外派兵
       ODA四原則の発表
       日本の”国際貢献策”の二つの柱として
. 改めてイラクを訪問して
       爆撃跡地の衝撃
       クルド人解放組織による軟禁
       市場に流れる「援助」物資とユニセフ名誉大使との再会
. 「湾岸戦争」から得られた教訓
       見えない先に思いを馳せる
       自分との関わりを考える
       「援助」とは何か?
10. 世界銀行の「開発」政策の変遷
       経済・財政指標のみから環境・社会配慮への流れ
       「参加と公開」の原則
       住民参加から住民主体へ
11. 「湾岸戦争」以降のODA政策の変遷
       ODA大綱の制定
       NGOとの対話の促進
      
不十分ながら進展した情報公開

12. 経済の「グローバル化」の進展
       “新自由主義経済”の跋扈
       IMF・世界銀行の構造調整計画(SAP: Structural Adjustment Program)
       WTOの発足でより強化された“新自由主義経済”
13. 行き過ぎた経済の「グローバル化」にNO!
       多国間投資協定(MAI: Multilateral Agreement on Investment)の頓挫
     
債務帳消し運動の拡がりと成果

      
政府レベルでの抵抗      ―“アジア通貨危機”とWTOシアトル会議―

14. 不安定化する社会と“セーフティー・ネット”論
       国家間、地域間格差の拡がり
       世代間格差(環境負荷)への不安
       対処療法か根本治癒か
15. 破綻する“新自由主義経済”
       コーポレート・ガバナンスってなに?
       自由、民主主義を凌駕する企業活動の保証
       目的化しモンスターと化した“経済活動”
16. 破綻を繕うための横暴
       利権の頂点にあるブッシュ政権
       法制度で保護されている賄賂
       自由と民主主義の危機
17. アメリカ合州帝国の身勝手なシナリオ
       民主化の名の下の利権確保
       イスラエル支配域の拡大
       力(軍と金)による支配の完遂?
18. 帝国の手先の情けなさ
       帝国支持票のための税金=ODAのバラマキ
       対イラク債権放棄へのプレッシャー
       「復興」支援の真の目的
19. 緊急に対処すべきポイント
       ODA大綱改悪の流れに掉さす
       問題すり替えと有事法制
       世論形成のための緩やかな連携の重要性




2003年3月定例会
○津田正夫さん(立命館大学産業社会学部教授、市民とメディア研究会・あくせすhttp://www.tunagu.gr.jp/access/代表)とお話する会     
テーマ:「市民にとってメディアの可能性」〜パブリック・アクセスって、な〜に?〜
あらたな市民社会は、自己決定と他者理解・共生なしには進みません。そのためには情報へのアクセス、多様な市民・住民のコミュニケーション、メディアの再編が不可欠です。欧米、アジアではテレビやラジオの番組を市民がつくり、発信すること(パブリック・アクセス)が常識になっています。日本ではどのように可能なのでしょうか?○日時:3月24日(月)19:00〜20:30
○場所:ぎふNPOセンター
○ 参加費:500円
○参加者:8人
○ 津田正夫(つだまさお)さんのプロフィール:
立命館大学産業社会学部教授(パブリック・アクセス論ほか)市民とメディア研究会・あくせす代表
1943年、金沢市生まれ。1966年、京都大学経済学部卒業。1966年〜95年、NHK(日本放送協会)で主としてディレクターとして報道番組の企画・制作にあたり、後プロデューサーとして衛星放送や新番組の開発に従事。その後、東邦学園短期大学をへて、2002年から現職。NPO活動や市民のメディア参加にかかわる研究や実践にかかわる。
主な著書(編著・共著ふくむ)
『パブリック・アクセスを学ぶ人のために』世界思想社 2002
『メディア・アクセスとNPO』リベルタ出版 2001
『谷中村村長・茂呂近助 末裔たちの足尾鉱毒事件』随想舎 2001
『アメリカのNPO』第一書林 2000
『パブリック・アクセス 市民が作るメディア』リベルタ出版 199『男性改造講座』ドメス出版 1993
『テレビジャーナリズムの現在』現代書館 1991
『長良川河口堰』技術と人間 1991

〜資料〜
パブリック・アクセスって何だ? 世界に広がる市民放送
津田正夫(市民とメディア研究会・あくせす、立命館大学)
1、   パブリック・アクセスの例 
     イラク報道に意見を
     文字を手に入れたチョーさん
     映像を手に入れたろう者たち 『目で聴くテレビ』から
     自分で(放送局でなく)、自分を表現する=編集権をもつ
2、海賊放送でがんばってきたヨーロッパ市民
3、アメリカ市民は700チャンネル
4、メディア・アクセスの権利
     メディアに関する権利&義務
知る権利、知らせる権利、知られない権利
     編集権
     何を伝えるのか

2003年2月第2回定例会
○今田克司さん(CSO連絡会)とお話する会     
○テーマ:『「北」のNGOの役割と市民としてNGOに期待すべきこと』
CSO連絡会(http://www.csonj.org/)は、地球規模問題の解決するために、CSO
(Civil Society Organization, 市民社会組織)を国やセクターを超えてつなぐことを目指してできた中間支援組織です。日本のNGOの海外での取組みを日本の皆さんと共有して、地球規模の問題を理解し解決に向けて一緒に考える場を提供したいと考えています。ここでは日本を含む北のNGOの役割を再考し、市民としてNGOに期待すべきことは何かをお話したいと思います。
○日時:2月19日(水)19:00〜20:30
○参加者:10人
○場所:岐阜県県民ふれあい会館第2棟6階地方自治大学校6D演習室
○ 参加費:500円
○ 今田克司(いまたかつじ)さんのプロフィール:1994年より米国にてNPOの事務局長を務める。1997年、日米NPOセクターの人材交流を進める日米コミュニティ・エクスチェンジ(JUCEE)を創設。団体設立にあたり、事務局長として、米国内での法人化および非課税団体認定、資金調達等、NPO立ち上げのための諸作業を行った。2000年7月より同代表/CEOとして東京に赴任。国際協力・開発の分野での日米協調を進めるCSO連絡会の事務局もつとめる。1993年、カリフォルニア大学バークレー校にて公共政策修士。日米のNPOセクター、NPOマネジメント、市民社会になどに関する講演、ワークショップなど多数。著作に、「日米のNPO交流を組織化する」(山岡義典編『NPOョップなど多数。著作に、「日米のNPO交流を組織化する」(山岡義典編『NPOョップなど多数。著作に、「日米のNPO交流を組織化する」(山岡義典編『NPO実践講座』、2000年、ぎょうせい)など。


2003年2月定例会
○田中博一さん(日本アラブ未来協会代表)とお話する会     
○テーマ:「戦争と平和」〜パレスチナの子どもたちへの支援活動について〜
多面的に世界を見る機会になればと、2002年11月定例会はイスラエルと関わりの深い杉原千畝を切り口とし、12月定例会ではパレスチナ市民社会の取り組みを視点としました。今回は再びパレスチナをとりあげます。岐阜県糸貫町に在住し、パレスチナの子どもたちへの支援活動を行っている日本アラブ未来協会http://sosora.hp.infoseek.co.jp/html/JAFA_wk.htm#kifuの田中博一さんをお招きします。
○日時:2月14日(金)19:00〜20:30
○場所:ぎふNPOセンター
○参加者:11人
○ 参加費:500円
○ 田中博一(たなかひろいち)さんのプロフィール:52歳。福岡県生まれ。九州大農学部中退。学習塾講師等を務め、2年前から岐阜県糸貫町に在住。30歳の時にアラビア語の研究を始め、99年に「日本語アラビア語基本辞典」を出版。他の著書に「さあアラビア語を学びましょう」等。2000年9月に「アラブ未来協会」(会員約50人)を発足させ、パレスチナの子どもたちへの支援活動を行う。

2003年1月定例会
○重冨恵子さん(現:東海女子大学スペイン語非常勤講師、元:青年海外協力隊(ボリビア、日本語教師))とお話する会     ○テーマ:「中学生向けの開発教育教材(副読本)の紹介と、取材事例の報告」
○重冨恵子さんからのメッセージ:緑化とゴミ問題を中心に環境問題に関心をもつ、ペルーの10代後半の学生によるグループと、その町について紹介します。またその事例をもとに作成中の副読本について、環境教育や開発教育に関心をお持ちの方、あるいは実践されている皆様から意見をいただければ幸いです。
○日時:1月10日(金)19:00〜20:30
○場所:ぎふNPOセンター
○参加者:8人
○参加費:500円

最近のできごと

NPOの存在証明

3/25/2005  伊藤かおり

日本では、ここ10年で「NPO」という言葉がずいぶんと市民権を得たように感じます。今では、行政の作る書類や刊行物の中にNPOが出てこないものはなく、担当者はどうやってNPOとの協働を図ったらよいかに苦労している段階です。

NPOにとっては、時代の追い風がある今だからこそ、NPO自身の存在意義を確認しておくことが重要です。

「NPOの存在証明」を研究テーマにされている日本福祉大学の雨森助教授は三つの問いかけをされています。

(1)非営利組織の独自性は何か?

(2)NPOのパフォーマンスは、他のセクターと比べてよいか?

(3)非営利組織の特質(NPOらしさ)とは何か?

NPOは、他セクターに比べて役割や機能の独自性、サービスの比較優位、その他のよい特質がなければ、非営利組織、非営利セクターとしての存在意義が問われます。そして、NPOを支援する制度、仕組み、それらの必要性、協働のメリットといった点も問われます。NPOへの期待が大きくなっている中、NPOは期待に応えられるのでしょうか。

こういった問いに答える試みとして、国内外で多くの研究がなされています。

実証研究では、組織の設立形態や根拠法はそれほど重要ではないという結果が出ており、非営利組織が営利企業よりも公共財的なサービスの提供において優れているから存在する、という一般化は難しいようです。

しかし、最後に雨森さんが強調された点は、NPOの価値判断である、「多様性そのものがいい」という見方、つまり、課題を発見した場合、自分でNPOを作り取り組んでいくことができる選択肢があることは、非常に重要であるということでした。

私自身は、現在、職業人としては与えられた仕事をこなす、という立場で、自分の仕事の必要性や意義、自分の価値観による重要性の判断を行うことがいつも可能というわけではありません。今回のお話では、課題を発見したら、自分でNPOを作るという選択肢がある、ということが、改めて新鮮に響きました。


ほづみ会15年
2/20/2005 伊藤かおり
中野穂積さんは、タイ北部の山岳民族の子どもたちが、ふもとの中学・高校に通学することができるように、寮を建設し、子どもたちと共に生活しています。寮では、子どもたちが交代で掃除、食事作り等を行い、自分たちの食べる農作物を皆で育て、少しでも収入になるよう、民芸品作って販売しています。入寮希望者は多いので、中野さんは家庭訪問をしたうえで、貧しい家の順に入寮者を決めるそうです。入寮する子どもたちは、学費、寮費、食費等実費の1割を負担します。山岳民族の子どもたちは、貧困やタイ語が不自由であるということから、全員が卒業まで学校に通いつづけられるとは限りません。今では、寮を巣立った子どもたちがスタッフとして中野さんをサポートしています。
中野さんがタイと関わり始めたきっかけは、タイからの留学生をホームステイで受け入れたことでした。これまでの活動の中では、外国人は土地を取得できないため、寮の土地を信頼していたタイ人の名義で購入し、後に土地の権利を主張されてしまったりといったこともあったようです。
中野さんの活動に共感し、15年にわたって日本側から支援を続けているのが、豊田市の「ほづみ会」です。代表の吉川さんは、中野さんの活動を紹介する新聞記事を読み、掲載されていた中野さんの連絡先に電話をかけたそうです。自分たちにできることはないかということからはじまった活動です。毎年タイを訪れ、自分たちの目で見てきたこと、感じたことを持ち帰り、身近な人や地域で伝え、必要と思われる次の支援を考えています。年に何回かバザーを行ってお金を集め、ここ数年は継続して地元企業の協賛で講座を開催したり、最近は大きなチャリティコンサートを開いています。
中野さんの活動やほづみ会のことを知った当初は、「善意の人たち」ががんばっている、という印象でした。当時、私は、中野さんの活動やほづみ会に限らず、「善意」はいいけれど、NGOの組織論、継続性、アカウンタビリティといった「難しそうな」ことに関心がありました。その後、ほづみ会の会合に参加したり、1999年にはほづみ会の人たちと一緒に中野さんを訪ねる機会がありました。山岳民族の子どもたちが、明るく元気に生活し、日本人に対しとても親しみを感じていることが印象的でした。
中野さんも、吉川さんも、いつのまにか月日がたってしまったとおっしゃっていました。大きなお金を動かし、社会的な影響も大きい組織にはそれに付随する果たすべき役割や責任があります。中野さんやほづみ会の、関係するタイ、日本の人々ひとりひとりの人生に対する影響や責任も決して小さくはありません。一人の人間が生涯に関わることのできる人の数は限られているのですから、善意、信頼、交流、共感といったものを基にした、大きな組織とは異なった役割ややり方もあるように感じています。

香港・シンセン日記

1/1/2005  伊藤かおり

香港とシンセンへ行ってきました。香港は、これまで飛行機の乗り継ぎのため、1泊したり空港を利用したことはあったのですけれど、目的地としては始めてでした。歴史や映画等の舞台となっている香港は、以前からあこがれていた場所です。シンセンにはいわゆる「勝ち組」中国人の友人がいて、その活躍ぶりを見に行きました。

短い滞在だったので、一面を見ただけでしたけれど、昨年訪れた上海と比べると、香港よりも上海のほうに、発展中の勢いが感じられました。そして、香港では意外に英語が通じず、思っていた以上に中国的な雰囲気がありました。例えば、生活の中で風水が大切であったり、お寺にお参りしたりといったことです。香港へは、大陸から大勢の裕福な中国人観光客が訪れていて、中国の国内格差はどんどん広がっているように思いました。たとえ一部の人しか発展の恩恵を受けられないとしても、なにせ人口13億人という巨大な中国市場です。

シンセンは20数年前までは漁村だったところが、経済特区に指定されて以来、急激に発展し、大都市になりました。地元の人は土地成り金で大金持ちになり、私の友人のように才覚のあった人は、シンセン・ドリームを実現させているようでした。しかし、立派なマンションや車をいくつも持っている友人は、多忙のため普段お茶を飲む時間ももったいないようで、お茶の国、中国にいてお茶も飲めないのは何だか気の毒な気がしました。

香港もシンセンも地震がないということで、高層ビルが簡単に建っているようで、ちょっと恐い気がしました。上海と同様、人よりも車が優先の社会のため、車に気をつけるようにとうるさく注意されました。香港もシンセンも上海もごちゃごちゃしたところが魅力の町ですけれど、車がとても多く、空気はきれいでないように感じました。車の値段は日本で買うよりも高いそうで、車を持っている人は、お金持ちのようです。走っている車はどれもきれいで新しい車でした。「途上国」でみかける、日本の中古車や壊れそうな車は走っていません。一方、中国がコピー天国というのも、実感しました。高級ブランドのコピー商品が堂々と売られています。ガイドが観光客に平然と勧めていたのに驚きました。コピーの技術が高いことを誇っているようにも思えました。

世界は、偉大な歴史を持つ中国から学ぶことも多いでしょう。今後、経済的にも社会的にも、ますます中国は重要な国として地位を占めていくでしょうから、地球環境や人権、開発といった観点からもリーダーシップを発揮してほしいと感じました。


「リッチ」の勧め

12/13/2004  伊藤かおり

自分の才覚で経済的な富を築いた人は、ある面で人々からの賞賛、羨望を受けます。「ソーシャル・キャピタル(=SC)」を築くことは、経済的な富の蓄積以上に困難で、賞賛されるべきことではないでしょうか。

SCの定義はいろいろあります。おおむね、「人々がつくる社会的ネットワーク、そしてそのようなネットワークで生まれる共有された規範、価値、理解と信頼を含むもので、そのネットワークに属する人々の間の協力を促進し、共通の目的と相互の利益を実現するために貢献するもの」とされます。簡単に言えば、何か物事を進める場合に、価値観を共有し信頼を置いている人同志やグループで行うことができれば話がスムーズに進み、効率よく質の高い成果を出すことが可能ということです。自分自身や自分の属するグループがたくさんの信頼できるネットワークを持っていれば、その分多くの有益な情報をやりとりすることができ、お互いに助け合うこともできます。SCの本意として、見返りを求めることは二の次としても、「情けは人のためならず」という言葉が頭に浮かびます。SCの負の面も容易に想像できます。あまりに内部の結束が固いと、それは排他性につながり、偏狭な考えを軌道修正できなくなります。

ここ数年、SCの側面から「途上国」の開発が考えられています。SCが築かれていることで、開発がうまくいきやすいといった考え方です。日本では、SCに関連し、人とのつながりという点からNPOやボランティアが注目されています。

他人への信頼感が高く社会活動への参加が多い地域では犯罪率が低かったり、合計特殊出生率が高いといった相関関係があることがいわれています。しかし、それは信頼と参加によって、犯罪が起こらず子どもが多いという因果関係ではありません。単にSCを作ればすべて解決というものではありませんし、SCは外部の力で作らせるものでも、作れるものでもありません。これは、自分に置き換えればわかることで、相手への信頼や尊敬は、頼まれたり強制されて生まれるものではありません。自分自身が信頼されるに足る人間かどうかは、それまでの自分の言動を通じて相手が判断するものです。

自分自身の身近な場所である職場や地域社会に当てはめると、価値観を共有し信頼関係を築くというのは、一朝一夕にできることではなく、簡単なことではありません。だからこそ、SCには価値があり、パワーを持つものだといえるでしょう。

SCと経済的な富との決定的な違いがあります。SCを築くことは、限られたパイを奪い合う競争ではありません。より多くの人がSCを築けば築くほど、全体の豊かさが向上し、豊かさがより多くの人に波及します。自分自身がSCを多く築いた「リッチ」な人間になり、そのことで自分の周りの人々や社会が「リッチ」になれるように努力をしたいと思っています。


エコロジー経済の奇跡

11/6/2004  伊藤かおり

ドイツの環境ジャーナリスト、フランツ・アルトさんのお話をお聞きしました。

最近の連続する異常気象には危機感を覚えますし、環境問題が重要であり、エネルギーを浪費しないエコロジカルなライフスタイルが望ましいことは、多くの人が「わかっている」ことです。しかし、現在の快適な生活のレベルを下げてがまんすることはなかなかできません。近い将来の化石燃料の枯渇という現状にも目をつぶってしまい、自分一人の力では何も変わらないとつい思ってしまいます。

アルトさんのお話は、再生可能エネルギー(ソーラー、風力など)は、個人単位でも国にとっても経済的なメリットがあり、雇用が増えるということを、具体的な数値をあげ、ドイツでの事例紹介を交えた説得力のある内容でした。特に、二酸化炭素の25%は車から出ているので、車に乗らないことですでに25%の二酸化炭素を減少させるというのは、車を運転しない私にとってはわが意を得たりでした。自動車を目の敵にするようですけれど、鉄道は路線を鉄道会社が、運賃を集めて自分で敷かなければならないのに対し、道路は、税金で作られています。私たちは、鉄道(不便な地域であればあるほど)の運賃は「高く」、車のほうが、表面的には安いように思います。

アルトさんは、ソーラーエネルギーに対する期待が大きいようでした。再生可能エネルギーのうち、太陽は、世界で必要とされるエネルギーの15千倍の供給量があり、しかも、請求書を送ってきません。太陽には、誰も手が届かず、誰のものでもありません。太陽はどこにでも照ります。石油を巡る戦争は起こされても、太陽を巡る争いは起きません。石油はいずれ、高くて買えなくなるときが訪れます。原子力は、一見安いように見えるけれど、事故が起きたときの費用、研究費など、価格に乗せられていない部分が大きいのです。一方ソーラーは、個人にとって最初の投資が必要であっても原料はただで、そのうちもとがとれます。ドイツでは「再生可能エネルギー優先のための法律」によって、再生可能エネルギー源で発電された電力は、電力会社が買い取らなければならないと決められています。個人は、余ったエネルギーを売ることで、収入を得ることができます。

ドイツと日本の違いは、日本では、再生可能エネルギーの買取り補償制度が整っていないことです。ドイツには、ソーラーパネルを自宅の屋根に取り付けるだけで、25千円くらいの収入を毎月得ている人たちがいるそうです。環境に配慮した生活を送っているという現在の自分と将来の世代に対しての責任を果たしているという精神的満足を得られるだけでなく、実際に経済的な利益があるのであれば、広く普及することは明らかです。

環境破壊とは、運命ではなく、変えていけるものであり、一人一人がよりよい未来と世界のために参画することが大切という言葉は、よく耳にする「スローガン」でありながら、アルトさんの現実的なお話の最後に聞くと、実現可能に感じられました。


マサイの戦士

10/10/2004  伊藤かおり

タンザニア・モシの旅で印象的だったのは、マサイ族の人々です。彼ら(道を歩いているのはほとんどが男性)は、一目見てマサイとわかる赤い布を羽織り、ビーズの飾りをつけ、タイヤで作ったサンダルをはき、牛を追う棒を持っています。牛はマサイの財産で、その価値観からすると、マサイの人々はとても「豊か」な人々です。マサイの人々にとって、牛を追っていなくても、牛追いの棒は手放せないようです。ライオンから牛を守ることができるのが、一人前の「マサイの戦士」です。

生でマサイを見たのは始めてだったので、はじめの頃、マサイの人たちをみかけるたびに、「あ、マサイ!」と声を出していました。あまりにマサイ!マサイ!と興奮していたため、タンザニア人ドライバーは不思議に思っていたかもしれません。マサイの人たちは、モシの町では日常的に生活する人々で、珍しがることが変なのです。今から思えば、ずいぶんと失礼なことをしていたわけで、もしも歩いている自分のことを外国人が車の中から珍しがって騒いでいたら、腹立たしいでしょう。

マサイの中には、いわゆる「観光マサイ」がいます。「マサイ村」と呼ばれるところに20〜30世帯くらいが集まって住んでおり、観光客から1グループUS40ドル程度を受け取って、写真を撮り放題にさせて、ビーズのアクセサリーなどのお土産物を売っていました。実際の生活場所に入っていき、ばしゃばしゃと写真を撮るのですから、お金を払うのは当然としても、何だかテーマパークのようにも思えます。以前読んだ本に、人類学者の調査を皮肉る内容で、「人類学者が来た!」と、「文化的」な物を隠して人類学者の調査に答えるマンガが載っていたことを思い出しました。「観光マサイ」は、観光客を満足させるために、「マサイ」の生活を演じているのではないかと、何だか少しだけ気分が滅入ったところ、「観光マサイ」のリーダー的な男性の腕を見ると、腕時計がはめられています。私が冗談で、「いい時計ね。いくら?」と聞くと、私が時計をしていないのを見て、彼は「10ドル」といってきました。これは、マサイから、日本人観光客の私が時計を買おうとしているという風刺です。

私たち観光客がマサイを写真にとりたがるのは、「珍しいもの」としておもしろがっているわけです。私は、この人たちは、「観光マサイ」の人たちだから、町を歩いている人に勝手にカメラを向けているわけではないのだからと、言い訳と少しの罪悪感を感じながら、入場料を払い、マサイの写真を撮りました。

  マサイはやせて背が高いのが特徴です。サファリでのガイドに、太っているマサイもいるの?と聞いたところ、彼は「いる」と答えていましたけれど、太ったマサイはさまになりません。でも、これも、マサイはやせていなくっちゃ!という観光客の勝手な要望ですね。


タンザニアでの違和感

9/10/2004 伊藤かおり

  はじめてのアフリカ、タンザニアはとてもとても楽しかったのですが、旅行中、何だか居心地の悪さというか、違和感というか、表面をなでているだけで本質に近づけないもどかしさというような気持ちをずっと持っていました。

表面的、というのは仕方のないことで、治安上、日本人の友人と一緒に、運転手付きの車に乗って、観光客が訪れるところへ点から点の移動をするだけで、自分の足で町を歩いていないからです。

居心地の悪さというのは、サファリツアーを楽しんでいたりレストランやホテルを利用するお客が、白人ばかりだったことです。もてなしているのは黒人です。これも、黒人の国に、観光客として白人がやってきてお金を落としているのだから、当然といえば当然です。肌の色があまりにはっきりとコントラストになっているため、強い印象を受けるのかもしれません。

思い出してみると、これまで訪れたいくつかの国(「先進国」はもちろん、主にアジアの「途上国」)で、レストランや観光地において、その国の人がお客として全く存在しない、という経験はありませんでした。タンザニアにもお金持ちはいるはずで、一体その人たちはどこで楽しむのだろうかと疑問に思いました。タンザニアでは、白人と黒人、お金があるかないかといった形で、はっきりと分断されているように感じました。

アフリカ、というと、動物がいっぱいで、アフリカの人々は動物と共に暮らしているような素朴なイメージがあります。実際は、動物がいるのは、広大とはいえ「保護区」の中です。その動物を見に行く「サファリ」は贅沢なレジャーで、外国人観光客がお金を落としているのです。つまり、一般の道路にゾウやキリンがいるわけではないので、タンザニア人の多くは、牛ややぎといった動物は別として、アフリカにいても、アフリカ的な動物を見たことがないでしょう。

  アフリカといっても、私がこの目で見たのは、タンザニアだけですけれど、アフリカの国々と「先進国」の国々との格差、アフリカの国々の間での格差、ひとつの国の中における格差と、格差は多面的で複雑です。観光客としてやってきて、お金を落とすことで大海の一滴くらいの経済効果はあるかと、言い訳しつつ、ちょっぴり罪悪感も感じながらも、サファリを楽しみ、食べきれない食事を残して、お買い物を楽しみました。たまたま私は日本に生まれて、タンザニアに遊びに来ることのできたけど、自分だけ楽しんじゃってごめんね、というのが居心地の悪さの理由だったのでしょうか。


サファリで思ったこと

8/21/2004  伊藤かおり

憧れのアフリカ、タンザニアへ行ってきました。今回の旅のメインイベントは、サファリ。サファリとは、もともと「旅」という意味とか。二泊三日で出かけたのはンゴロンゴロ自然保護区とタランギレ国立公園。私は、それほど動物好きというわけでもなく、詳しくもないのです。知っている動物も、ぞう、きりん、ライオンといったポピュラーなものだけですけれど、それだけでも生で見て感動しました。

サファリはとても楽しかったのですけれど、少し居心地の悪さ、違和感のようなものを感じていました。もともと動物たちの場所だったところを、人間が後から使い始め、動物たちを、広いとはいえ、「保護区」といった場所に追いやってしまい、その場所に、今度は車に乗って私たち観光客が乗り込んできて、じろじろ眺め、写真をとっています。観光客が、動物の場所に勝手にきているのに、車と動物がであったとき、動物のほうが避ける行動をしています。あるいは、多くの観光客が来るので、動物が人間に馴れてしまい、逃げようとしないのです。人間は車に乗っていなければ、動物たちの中で一番無力だというのに・・。もちろん、私はサファリを楽しむ観光客で、こんなことを言うのは欺瞞です。保護区を作り、動物を保護し、サファリのルールを規制することで、動物を守り、人々を啓発していくことができているでしょうから、サファリが観光として発展することがプラスになっているとも言えます。

  チーターが、獲物を狙っている場面に出会いました。屋根をオープンしたランドクルーザーに乗った観光客たちが、チーターの周りに集まってきました。チーターは、多くの人間に見られているという意識があったのではないでしょうか。チーターが獲物を捕る瞬間は、観光客にとってはエキサイティングなショーでしょう。皆の期待も高まっているようで、それぞれのグループのガイドたちも、一番よい場所で、お客さんに見せなければ、といった競争心のような形で、チーターの動きに合わせて車を移動させます。自分も観光客の一人ですが、チーターは、サーカスで観客に芸を見せているわけではないのにと、何だか気分が滅入りました。私たちの車は、十分見たからということで、その場を去りました。人間は、その存在だけで自然に迷惑をかけているわけで、自然は人間がいなくても存在するけれど、人間は自然がなければ存在できません。自然との共生とか、地球を大切に、といったスローガンを掲げるのもおこがましいといえます。日本での日常生活では、人間の視点での生活をしているので、人間中心に考えても違和感ありません。サファリでは、人間が小さく、無力であることを思い出しました。チーター、邪魔してごめんね。

 


安全な場所はどこ?
7/10/2004  伊藤かおり
「自衛隊イラク派兵差止訴訟の会」代表の池住義憲さんが、「もしも、日本が攻撃されたらどこが安全だと思うか?」という質問をされました。「岐阜の山の中」だとか、「国会議事堂に秘密の部屋があると聞いたことがある」と答えた人たちがいました。わたしは、どこが攻撃してくるのだろうかと思い、それが米国の味方側であれば、米軍のいるところは攻撃しないだろうと考えました。日本の中で一番安全なのが、米軍のいるところというのは悲しいと感じました。一方、攻撃してくるのが米国の味方でない場合(あるいは敵の場合)は逆に、米軍のいるところというのが一番危険でしょう。9.11の後や米のアフガニスタン攻撃が始まったときには、日本にある米軍基地の70%が集中している沖縄への修学旅行がキャンセルされました。多く
の人は、米軍がいることによって沖縄は危険な場所だと思ったのです。米軍に守られているから、基地のある場所が一番安全だとは誰も考えません。
2004年度の日本の防衛予算は約5兆円だそうです。2003年12月にインド洋にイージス艦が派遣されたとき、反対運動が起こりました。このイージス艦は1隻1200億円だそうです。「国を守る」ためのこういったお金を、平和のために使ったほうが、遠回りに見えながらも実はよほど「国を守る」効果があるのではないでしょうか。もしもこちらが武装すれば、相手はそれを上回る武装をしなければ不安で、さらにこちらは相
手を上回るといった具合に際限はないのです。
姉妹都市交流というものがヨーロッパではじまったのは、戦争への反省からだと聞いたことがあります。姉妹都市として交流があれば、少なくとも姉妹都市を結んでいるそれぞれの地域の人たちは相手の国と戦争をする気にはならないでしょう。
それにしても、世界中で反対の声が大きい中「イラク戦争」が始まり、国民の反対が多い中自衛隊が派兵されました。しかし、それも今では既成事実となり、慣らされてしまっている私たちがいます。日本人は、北朝鮮くらいまでしか現実味を感じない、と言う人がいます。イラクもパレスチナも日本から距離的には遠いかもしれませんけれど、かけがえのない命が日々失われていることは現実です。自分は安全な場所にい
るからと安心して、慣れてしまったり、無関係に思ったり、忘れてしまうというのは、いつのまにか、気づいたときには安全な場所をなくしてしまっているということになるでしょう。





グローバル・シティをめざして
6/21/2004  伊藤かおり
(財)日本国際交流センターの毛受さんのお話をお聞きしました。これからの時代、生き残っていけるのは、大都市でなくとも、国を越えた地域間の交流を行い、国際的なネットワークを持ち、活用していける地域であるという事でした。そういう地域は、新しい価値観を提唱し、アクティブな国際的ネットワークにより、意思決定のための質の高い情報を持っているからです。そして、この「質の高い情報」を、地域において社会セクターをこえてシェアすることが重要です。地域づくりには、NPO的な価値観、つまり新しい、自分らしい生き方と経済の両立が必要です。経済だけが優先していると魅力に欠けます。
印象的だったお話のひとつは、行政の役割が、「enabler」になることという指摘です。つまり、「可能にする」環境整備を行い、人々の潜在能力を活かしていくしくみを作り、地域のリソースを活用し、刺激を与え、活性化させる事です。
日本の社会は縦社会であり、人々の行政への信頼性は高く、終身雇用的であり、結局のところ行政とNPOの文化は大きく異なります。この点について、欧米では人々の考えは柔軟で、セクターを越えて雇用の動きがあるということです。興味深いのは、日本と異なり、行政が作る報告書等より、第三者機関が作成するもののほうが信用されるという点です。日本では、行政とNPOは異文化といえます。この異文化をつなぐことができなければグローバル・シティの実現はできません。
日本でも、NPOが力を持ち始めています。ジェネラリストが求められ、数年で異動を繰り返す行政職員は永遠に専門家にはなれず、ボランティアで関わる人のほうが「プロ」であるということも起こっています。しかも、多くの場合、「プロ」でありながらNPOで食べていく事は難しいのです。毛受さんは、「行政の人もかわいそう」と述べられました。たとえ行政職員に志があったとしても、がんじがらめだからです。食べていけさえすれば、NPOで働きたいという人もあるだろう、ということです。専門家になれないシステムの中で働く行政職員は、仮に転職しようと思っても、労働市場で求められる人材にはなれないでしょう。
  役所の建物の中で、役人だけで「NPOとのパートナーシップ」や「協働」を論じているのはおかしなものです。まずは異文化の人々が、同じテーブルについて、情報を共有し、お互いを知ることが、グローバルシティ実現の第一歩となるでしょうか。
 
 



悪いのは自分
5/23/2004 伊藤かおり
  「開発フィールドワーカー」の著者、野田直人さんのお話をお聞きしました。野田さんの視点は、国際開発の分野に限らず、日本における、私たちの日常生活に置き換えてもうなずけるものに思えます。
野田さんは、開発ワーカーの仕事がうまくいかない場合、その原因というのは、単に常識が足りないのではないか、と述べます。往々にして、援助する側は強い立場にあり、評価には「×」がなく、(自分のやり方が)おかしい、ということに気づきません。
仕事がうまくいかないとこぼす開発ワーカーが「カウンターパートが悪い」「住民が悪い」「日本の援助システムが悪い」「国の政治が悪い」「天候が悪い」と言い