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| 〜最近の活動〜
地域主体の国際協力・岐阜 DDC(=Decentralized Development Cooperation)-GIFU 2005年3月定例会 ○雨森孝悦さん(日本福祉大学福祉経営学部助教授)とお話する会 ○テーマ:NPOの存在証明 ○雨森孝悦(あめのもりたかよし)さんのプロフィール: 1951年西宮市生まれ。(財)国際協力推進協会、(財)日本国際交流センターでNGOの調査、海外NGOの支援活動に従事。(財)とよなか国際交流協会を経て2001年より現職(非営利組織論担当)。目下の研究課題は「NPOの存在証明。」 ○日時:3月23日(水)19:00〜20:30 ○場所:ぎふNPOセンター ○参加費:500円 ○参加者:5人 ○雨森さんからのメッセージ 福祉、教育などさまざまな分野で規制緩和が行われており、ソーシアル・ビジネスや企業の社会的貢献がさかんになったりしています。このため、営利・非営利の境目があいまいになってきています。また、非営利組織のパフォーマンスが、果たして期待通りなのかに関して、疑問が投げかける向きもあります。 そうしたなかで、NPOなど非営利組織の立場から、その存在価値をあらためて示す必要があると考えています。海外の研究動向にも少し触れながら、この点について話題を提供し、参加者の方とディスカッションできるとうれしいです。 2005年2月定例会 ○吉川暁美さん・吉川萬里さん(ほづみ会)とお話する会 ○テーマ:タイ山岳民族の子どもたちー15年の支援から見えてくるもの ○概要: タイ北部の山岳地帯。そこには、少数山岳民族が多く居住しています。学校に通いたくても、数十キロ離れた学校には通えないため親元を離れ、山を下りて村の学校に通う子どもたちがいます。ほづみ会は、そんな子どもたちのための寄宿寮の世話をしている日本人女性、中野穂積さんを日本側から支援し続けて、15年になります。それは、1987年の1通の手紙から始まりました。日本にいながら出来ることでお手伝いを始め、1年半経過したところで豊田市国際交流協会のボランティアフェスティバルの講演会講師に推薦したことから輪が広がり1990年タイ支援グループ「ほづみ会」ができました。長年続けていくうちに「支援から交流」「交流から共生」へと自然の流れになっているようです。支援を続ける中で、足しげく日本とタイを往復して寄宿寮の現状を報告してきた中野さんとの交流や、現地の子どもたちやその子たちが育った環境などを日本側からも訪問して見たことを日本国内に報道する活動を行っています。ほづみ会スタディーツアーも交流を目的として11回目をむかえました。 ○日時:2月16日(水)19:00〜20:30 ○参加者:6人 ○参加費:500円 ○吉川暁美(よしかわあけみ)さんと吉川萬里(よしかわまさと)さんのプロフィール (暁美さん) 1937年 豊田市に生まれる 1959年 芦屋市田中千代洋装学園専攻科、名古屋田中千代洋装学園勤務 1964年 結婚退職 1976年 豊田おやこ劇場にボランティア参加 1977年 地域ボランティア「きずなの会」を開始 1988年 中野穂積さんの活動を知り交流が始まる 1990年 「ほづみ会」を設立代表、タイ リス生徒寮を訪問 1994年 ほづみ会第1回タイスタディーツアーを始める、暁の家 男子寮建設資金の公募を開始 150万円を募る 2003年 暁の家支援コンサートを開催 (萬里さん) 1936年 岐阜県安八郡安八町牧に生まれる 1955年 岐阜県立大垣工業を卒業、日本デンソーに入社 1988年 タイ、シンガポールを視察 1994年 第1回ほづみ会タイスタディーツアー引率を開始 1996年 名古屋市科学館のサイエンスボランティアに参加 1997年 福祉NPO「さわやか豊田・ひまわり」を設立代表、デンソーを定年退社 2000年 「あかねいろの子どもたち」写真集を編集 2004年 第11回のタイスタディーツァーを引率 ○吉川さんご夫妻からのメッセージ ものやお金を主体とせずに、なにが今出来るのかを1年1年考えながら実行に移していくうちに、今年は子どもたちに素敵な音楽のプレゼントを届けることになりました。協力いただいたのはオカリナ、ギター奏者の黒野宏通氏です。2004年12月10日から10日間チェンマイ、メーサイ、チェンライの町、アカ族の村、ラフ族の村、最後に山岳民族の子どもたちのための寄宿寮「暁の家」訪問滞在しコンサートを開きました。音楽に国境は無いと云われていますが、まさにそのとおりでした。現地の人たちと音楽の感動を共有できたことがなによりも素晴らしいことでした。この実りをこれからの1日1日を生きる糧にしていきたいと心から思います。 2005年1月定例会 ○林かぐみさん(アジア保健研修所職員)とお話する会 ○テーマ:「支援から活用へ、協力から交流へ- NGOをめぐるパラダイムシフト!?」 ○概要: 愛知県日進市にあるアジア保健研修所(AHI)は、今年で設立25周年を迎えるNGOです。設立者である外科医の経験から、貧しい人たちの健康を守るためには人びとの生活の場で健康を守る働きが重要であると認識され、そのために現地の地域保健・開発ワーカーの育成を掲げて、アジア各国のNGOスタッフを対象に研修事業を続けています。一方国内でも、アジア各地で実践されている「参加型研修」を取り入れて、アジアへの関心や理解を広めるための活動もおこなっています。今回は、その団体の職員である林さんにお話していただきます。テーマに挙げられた言葉は、この数年のAHIの方向性を語るキーワードです。ひとつは、これまで協力・支援の対象としてきたアジアのNGOや住民組織との関係、もうひとつは、財政の70%以上を占める年会費・寄付の提供者である個々の支援者との関係についてです。AHIにとってこれらの転換は理念先行というより、むしろアジア各地で活動する以前の研修参加者とのつながりや活動に積極的に関わる会員の中から、彼・彼女らの声としてあがってきたものだといいます。林さんには実際そういった声に押され活動を進めてきた立場から、また参加者とのやりとりを通じて、私たちにとっての、国際協力、NGO、非営利組織など様々な角度から意見を交わすことができれば嬉しいです。 (AHI http://www.jca.apc.org/ahi/) ○参加者:5人○日時:1月17日(月)19:00〜20:30 ○場所:ぎふNPOセンター(岐阜市藪田南2-1-1 県庁付属棟内) ○参加費:500円
2004年12月定例会 (今回は、岐阜女子大学南アジア研究センターと共催による「県民講座」として行います。) ○ラーナー・スィンフさん(インド国立バナーラス・ヒンドゥー大学地理学科教授)とお話する会 ○テーマ「インド聖地バナーラスの明暗」 インド亜大陸の北部に位置するバナーラス(日本ではベナレスと呼ばれます)は、ヒンドゥー教最大の聖地として有名です。インド全国から、聖なる河ガンジスでの沐浴、著名な寺院での参拝、無数の祠や聖跡での祈りなどのため、巡礼者が集います。河の向こう岸に昇る太陽に向かい、一心に祈る敬虔なヒンドゥー 教徒たちの姿は、写真で有名です。また、遠藤周作著『深い河』、藤原新也著『東京漂流』などでも知られ、インド映画の巨匠サタジット・レイの 大作「大地のうた」 三部作の舞台となっています。人口千万人を超えるバナーラスは、巡礼と観光都市として発展しながら、昔ながらの町並みを保ち、そして工業化と近代化が進められてきました。今回、スィンフ教授にはインドの文化の特徴と聖地、伝統の保存と近代化、そして日常生活などについて、気楽にお話し頂き、皆さんからのご質問にもお答えします。インドの生の声と姿に接するよい機会となることでしょう。 ○通訳:福永正明・岐阜女子大学南アジア研究センター客員教授 ○日時:12月10日(金)19:00〜20:30 ○場所:ぎふNPOセンター ○参加者:8人 ○参加費:500円 ○背景:岐阜女子大学南アジア研究センターは、南アジア地域の7ヶ国を専門とする我が国唯一の大学附置研究所です。今回、バナーラスにある国立大学地理学科に所属され、バナーラス研究の世界的権威であり、インド聖地研究の第一人 者のスィンフ博士を訪問教授としてお招きします。この招聘は、スィンフ博士が現地で続けられている、バナーラスをユネスコ世界文化遺産に登録する準備と活動のため、岐阜県と白川 村、住民たちの経験を知って頂こうとの国際協力事業です。この事業には、財団法人岐阜県国際交流センターの「水と緑の国際協力基金」より助成を得ています。スィンフ教授は、12月9日より岐阜市に3泊、白川村にも3泊され、大学での授業と研究活動、岐阜県・白川村関係者や県民の皆さんと懇談し、短い滞日ですが多くのことを学びたいとのご意向です。スィンフ教授は、1980年に岡山大学でご研究の経験があり、日本各地のインド研究者とも親しく交際され、バナーラスの「印日友好親善協会」の会長を務められています。 ○共催: 地域主体の国際協力・岐阜、岐阜女子大学南アジア研究センター 2004年11月定例会 ○渡邊雅行さん(大阪大学大学院日本CBRネットワーク事務局)とお話する会 ○テーマ:ネパールで障害者の社会参加を考える ―参加型開発の視点を取り入れた地域リハビリテーション(CBR) ○日時:11月17日(水)19:00〜20:30 ○場所:ぎふNPOセンター ○参加者:3人 ○参加費:500円 ○渡邊雅行(わたなべまさゆき)さんのプロフィール: 大阪大学大学院日本CBRネットワーク事務局(博士後期在籍)。元JICA短期専門家、作業療法士、理学療法士。早稲田大学第二文学部卒業、東京大学医学系研究科修士課程修了。1986年から3年間、青年海外協力隊に作業療法士としてネパールに派遣。ネパールでのCommunity based rehabilitation(地域に根ざしたリハビリテーション)の導入に関わる。隊員時代に配属先の障害者施設で活動しながら、在宅障害者の訪問などにも関わる。その後、家族だけでなく地域住民の参加の重要性に気づく。協力隊活動後も、ネパール渡航は10回以上になり、基督教児童福祉会国際精神里親運動部(CCWA)の嘱託でネパールプロジェクト担当、JICA短期専門家など経験した。また2004年7月より日本ネパール教育協力会(JECS)の理事。 2004年10月定例会 ○シャプラニール=市民による海外協力の会http://www.shaplaneer.org/ 全国キャラバン2004 ポリモール・クマール・ロイさんとお話する会 ○テーマ「子どもとおとなの関係性を考える〜バングラデシュの事例から〜少女たちが村を変えた」 都会に比べ保守的な雰囲気が強い農村部では、女性が自由に出歩くことすらままなりません。そんな中で活動するための場所が欲しいと動き始めた少女たちがいます。彼女たちの中に生まれた変化が、それを取り巻く人々伝わっていった様子、その事例をもとに「変わる」ために必要なことについてみなさんと一緒に考えていきたいと思います。 ○日時:10月26日(火)19:00〜20:30 ○場所:ぎふNPOセンター ○参加者:8人 ○参加費:500円 ○ポリモール・クマール・ロイ(Parimal Kumar Ray) さんのプロフィール: 1960年7月、バングラデシュ南西部ジョソールに4人きょうだいの長男として生まれる。マイメンシン農業大学で農学修士号を取得(遺伝学)。 1989年にADAB(NGO連合組織)に就職、農業、環境、社会林業などの分野を経験したのち災害対策プログラム・オフィサーとして活躍。96年からシャプラニールに加わり、ショミティ育成担当等を歴任。STEP(元シャプラニール、ポイラ事務所)を担当、少女グループを含むグループ育成活動などに力を注ぐ。現在44歳、妻と娘2人(13歳と7歳)の4人暮らし。ヒンドゥ教徒。 ○書き損じハガキを集めて海外協力: シャプラニールでは自分たちの生活を見直す一歩として「ステナイ生活」を呼びかけています。今年のキャラバンでは、10月から12月のキャンペーン期間中に、22,222枚を目標として、会場へ書き損じハガキを持ってきて頂くよう広くお願いをしています。会場にハガキを5枚以上持ってきて下さった方には、2005年お正月にバングラデシュから年賀状が届きます。 2004年9月定例会 ○神谷欣吾さん(岡崎城西高校国際協力クラブ(ICC)顧問)とお話する会 ○テーマ:「ネパールに小学校を建てた高校生たち」 9月定例会では、岡崎城西高校国際協力クラブ(ICC)顧問の神谷欣吾さんをお招きします。地域NGO活動の「お手伝い」に飽きたらなくなったICCの生徒達が、生徒会や学校法人等と協働し、現地住民や現地NGOと協力して小学校を2校建設し、なお継続支援を続ける取り組み、「Love Educated Nepal Project ( LENP )」を紹介していただきます。 ○日時:9月22日(水)19:00〜20:30○場所:ぎふNPOセンター ○参加費:500円 ○参加者:4人 ○神谷欣吾(かみやきんご)さんのプロフィール: 岡崎城西高校非常勤講師(英語)。岡崎市在住。1942年中国山東省青島生。1994年からICC顧問、2003年3月同校定年退職し現職に。 2004年8月定例会 国際開発学会東海支部第23回研究会 ○神田浩史さん(ODA改革ネットワーク)とお話する会 ○テーマ:「ODA50周年 ODAに見る公共政策立案における市民参加の現状と課題」 今年はニッポンのODAがスタートして50周年にあたります。不透明なプロセスや、ODA供与に伴う環境破壊、人権侵害などから、厳しい批判にさらされてきたODA政策ですが、少しずつ「開かれた公共政策」に向けての改革が行われてもきています。ODA50周年を契機に、ODAを題材に、「公共政策立案における市民参加」についていっしょに考えていきたいと思います。 ○日時:8月25日(水)19:00〜20:30 ○場所:ぎふNPOセンター ○参加者:9人 ○参加費:500円 ○神田浩史(かんだひろし)さんからのメッセージ: 自称「噺屋」です。私たちのおカネがどこでどのように使われているのか、また、私たちが使っているモノはどこでどのように作られているのか。そんなことに興味を持って世界各地を歩いてきています。身近なことから世界との繋がりを考えてみると、今、世界で起こっていることがわかり易くなる、人ごとではなくなる、と思い、見聞きしてきたことを、多くの人に伝えるようにしています。一人でも、一つでも多くの行動が、地域を変える、世界を動かす、そういう思いで、日本各地を語り歩いています。岐阜県垂井町在住。 2004年7月定例会 ○田中博一さん(日本アラブ未来協会代表)とお話する会 ○テーマ:「パレスチナ・イラクをとおして見えるもの」 7月定例会では、日本アラブ未来協会代表の田中さんをお招きします。「世界の子どものための平和展」(2002年8月パレスチナのガザ地区と2003年パレスチナ西岸ベツレヘム市にて開催)を中心に紹介していただいた後、イラク問題を考えながらなぜパレスチナで平和運動なのかをお話いただきます。 ○日時:7月6日(火)19:00〜20:30 ○場所:ぎふNPOセンター ○参加費:500円 ○参加者:8人 ○田中博一(たなかひろいち)さんのプロフィール: 1950年1月生まれ、54才、福岡県三井郡出身、1980年よりアラビア語の 学習を始める。著書「さあ!アラビア語を学びましょう」(1988年愛知イスラム 文化センター刊、絶版)、「日本語アラビア語基本辞典」(1998年発行、改訂版 が鳥影社より6,800円で現在発売中)、2000年9月在日アラブ人と日本アラ ブ未来協会設立、同代表。1998年より毎年パレスチナを訪問、2002年8月パレスチナのガザ地区にて「世界の子どものための平和展」を開催 2003年パレスチナ西岸ベツレヘム市にて同展を平和祭とし、広島市長秋葉忠利氏、詩人の谷川俊太郎氏などのパレスチナの人々にメッセージを伝える平和運動をとして発展させる。今年も8月6日から12日同じく西岸地区のナブルス市にての開催を準備中。 ○参加者の感想 (Hさん)7/6日の田中博一さんのお話は私にとってすべてが新鮮で実に貴重な時間でした。 日本が行っている途上国に対する開発・支援・援助に興味を持ち始めたのは実にごく最近のことです。まだまだ初心者ですがこれからたくさん吸収していけたらな〜って‥また参加したいと思っております。よろしくお願いします。 2004年6月定例会(2) ○池住義憲さん(国際民衆保健協議会(IPHC)日本連絡事務所代表)とお話する会 ○テーマ:『イラクの”復興”と今後、どうなる?〜〜私たちの関わり方を考える』 昨年3月20日に始まったイラク”戦争”、今もなお米英軍による軍事占領が続いています。6月末にはイラク人への主権”移譲”というスケジュールですが、果たしてどうなるのか・・・。日本は自衛隊を派遣しての”復興協力”。そうしたなかで起こった民間の日本人計5名の拘束事件とその5人の解放後の日本政府の「自己責任論」「自業自得論」「費用弁償論」。なぜこうした事態になったのか、これからイラクはどうなるのかなど、混沌とした状況をご一緒に読み解いてみましょう。 ○日時:6月28日(月)19:00〜20:30 ○場所:ぎふNPOセンター ○参加者:6人 ○参加費:500円 ○池住義憲(いけずみよしのり)さんのプロフィール: 1944年東京生まれ。立教大学卒業後、財団法人東京キリスト教青年会(東京YMCA)勤務。この間の1975年3月〜6月、世界YMCAベトナム難民救済・復興協力事業にワールドサービスワーカーとして、南ベトナム(当時)に勤務。1980年から愛知県日進市にある財団法人アジア保健研修財団(AHI)に17年間勤務。1984年、フィリピン国立大学大学院「地域開発」修士課程修了。1997年から現在まで国際民衆保健協議会(IPHC)日本連絡事務所代表。30年にわたるNGO(非政府組織)経験をいかして、現在はIPHCの代表以外に、フリーのファシリテーターとして、「参加型地域開発」「国際協力」「グローバリセーションと第三世界の民衆の健康」「保健・開発問題」「リーダーシップ・ディベロップ メント」「南北問題」「開発教育」「人権教育」「参加型学習」「街づくり」など、要請に応じて国内外で参加型研修(ワークショップ)や講演を展開。また、南山大学・南山短期大学・愛知県立看護大学などで非常勤講師を勤める。自衛隊イラク派兵差止訴訟の会代表。愛知県日進市在住。 2004年6月定例会(1) ○毛受敏浩さん((財)日本国際交流センター、チーフ・プログラムオフィサー)とお話する会 ○テーマ:「地域社会のグローバル化への挑戦」 ○日時:6月15日(火)18:30〜20:00 ○場所:ぎふNPOセンター ○参加者:8人 ○参加費:500円 ○毛受敏浩(めんじゅ としひろ)さんのプロフィール: (財)日本国際交流センター、チーフ・プログラムオフィサー。兵庫県庁に勤務後、1988年より日本国際交流センターで草の根交流及び自治体の国際化戦略、NGOや市民社会のグローバルな連携について調査研究を担当。近著書に「草の根の国際交流と国際協力」(明石書店、2003)「異文化体験入門」(明石書店、2003)等。現在、草の根技術協力事業選考委員(JICA)、概観国際交流調査協力委員会メンバー(国際交流基金)、NGO相談員選考委員(外務省)、横浜市国際交流協会国際交流助成選考委員会座長等。第一回国際交流・協力活動実践者全国会議2003委員長。慶応大学法学部政治学科卒。米国ワシントン州立エバグリーン大学行政管理大学院修士。静岡文化芸術大学非常勤講師を兼務。 2004年5月定例会 ○野田直人さん(国際協力機構(JICA)派遣専門家・日本福祉大学国際社会開発研究科大学院講師)とお話する会 ○テーマ:プロジェクト計画の落とし穴 − 隠された仮説 開発プロジェクトに限らず、何かの計画をするときには気づかないうちに仮説 に頼っていたり、思い込みの上で計画を立てていることが多くあります。その点を自覚しないとプロジェクトに問題が生じても原因を探ったり、軌道修正を行ったりができずにどつぼに陥る危険があります。5月定例会では、現在セネガル在住で一時帰国中の野田さんをお招きし、プロジェクト計画の落とし穴について考える機会を持ちます。 ○日時:5月11日(火)19:00〜20:30 ○場所:ぎふNPOセンター ○参加者:6人 ○ 参加費:500円 ○野田直人(のだなおと)さんのプロフィール: 三重大学農学部、メルボルン大学農林学部修士課程終了。1980年青年海外協力隊員としてホンジュラスに赴任したのを皮切りに、アジア、ラテンアメリカ、アフリカ各地で開発プロジェクトや調査に従事。インターネットでの情報発信、情報交換に力をいれメルマガ「国際協力マガジン」編集長。開発メーリングリストを主催。著書に『タンザナイト』(風土社)『開発フィールドワーカー』(築地書館)など。 ○野田さんからのメッセージ: 国際協力は特殊な世界ではありません。日常生活の延長であり、日常の常識の延長です。http://www006.upp.so-net.ne.jp/africa/ 2004年4月定例会 ○市來圭さん(NPO法人ぎふNPOセンター事務局長)とお話する会 ○テーマ:イギリスのNPO事情 4月定例会には、2004年3月市民フォーラム21・NPOセンターのメンバーとともに訪英調査に参加した市來さんをお招きします。調査の焦点は行政とNPOとの間で作成し、合意されたコンパクトです。コンパクトは行政とNPOが一緒に事業を行うためにお互いに遵守する原則をまとめたものです。どのように作られ、どのように使われているのかについて聞き取りを行った調査から報告していただきます。 ○日時:4月23日(金)19:00〜20:30 ○場所:ぎふNPOセンター ○参加者:10人 ○ 参加費:500円 ○市來圭(いちきけい)さんのプロフィール: 2001年よりぎふNPOセンターの事務局スタッフ、1996年から2001年まで日本国際ボランティアセンター・エチオピア事務所駐在 ○市來さんからのメッセージ: 生で聞いてきたイギリスのNPO事情の一端をみなさんと共有できればと思ってます。 2004年3月定例会 ○小島祥美さん(大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程) とお話する会 ○テーマ:「在住外国人の子どもたち:地域社会での取り組みと課題 〜子どもの教育環境調査を終えて〜」 10数年前から、家族、子どもと共に来日、定住する日系外国人が増え始めた岐阜県可児市は、人口の5.2%が外国人です。これらの方々の滞在期間は定まらず、毎月100人から300人以上の転入・転出者があります。日系人就労者の多い他の外国人集住都市でも同じ傾向にあると思われます。最近増えている国際結婚は日本がもはや多民族文化を持つ人々の国になっていることを示しています。しかし行政や教育施策はこのような多民族文化社会の現状に対して充分な取り組みが出来ているとはいえません。 可児市国際交流協会では、在住外国人が出来るだけ安心して暮らせる環境作りのための活動を行っています。 3月定例会では、厚生労働省「多民族文化社会における母子の健康に関する研究」班として、可児に移り住んで、「外国人の子どもの教育環境に関する実態調査」を行った小島祥美さんから、その取り組みに至った経緯と課題についてお話していただきます。 ○日時:3月26日(金)19:00〜20:30 ○場所:岐阜県県民ふれあい会館第2棟6階地方自治大学校6D研修室 ○参加者:10人 ○参加費:500円 ○小島祥美(こじまよしみ)さんのプロフィール: 埼玉県草加市生まれ、東京育ち。埼玉県公立小学校教員後、計半年の南米一人旅へ。1996年より神戸にて外国人被災者支援のボランティアに参加する。その後、地域に暮らす外国人の子どもをキーワードに活動を開始し、仲間とボランティア団体「ワールドキッズコミュニティ(NPO法人たかとりコミュニティセンター内)」を神戸・長田区に立ち上げる。 http://www.tcc117.org/facil-kids 2003年4月より「子ども調査」のため、可児市に転居(厚生労働省「多民族社会における母子の健康に関する研究」班)し、現在に至る。大阪外国語大学中南米地域文化学科スペイン語専攻卒、現在大阪大学大学院博士後期課程在籍。 2004年2月定例会(2) ○ペマ・ギャルポさん(岐阜女子大学教授・岐阜女子大学南アジアセンター長)・福永正明(ふくながまさあき)さん(岐阜女子大学南アジア研究センター客員教授)とお話する会 ○テーマ:「在日外国人と地域社会?成果と問題:岐阜女子大学留学生の事例から?」 南アジア地域とは、インド、スリランカ、ネパール、パキスタン、バングラデシュ、ブータン、モルディブの7カ国が含まれます。これらの地域では、地域的な自然環境の特性にあわせて、多様な宗教や文化が生まれ、非常に特色ある社会を形成しています。南アジア地域は、ヒマラヤ山脈、豊かな自然、仏陀生誕の地、紅茶やカレー、さらに近年では活発に発展するIT産業、インドーパキスタンの間でのカシミール紛争に注目は集まっています。 岐阜県内にも多くの南アジア出身在住者が暮らし、県内各地には、インドを中心として南アジアの民族料理店や民芸品店なども多く存在しています。岐阜女子大学の文学部観光文化学科にはインドから7名の留学生が来日、2003年3月に卒業しました。留学生のうち3名は、岐阜県・大垣市各務市に就職しています。県内の他大学で研究活動を行う研究者や留学も多く、その他さまざまな理由により南アジア地域の出身者が岐阜県にも多数在住しています。 2月定例会(2)では、南アジア出身の留学生たちがどのように岐阜にとけ込み、そしてどのような問題を抱えていたかについて、ペマ・ギャルポさんからお話していただきます。また、福永正明さんから今年度の岐阜県国際交流センター助成事業である「南アジアの岐阜県内在住者調査からの県民啓発と政策提言」について、ご報告いただきます。 ○日時:2月17日(火)19:00〜20:30 ○場所:ぎふNPOセンター ○参加者数:8人 ○ 参加費:500円 ○ペマ・ギャルポさんのプロフィール: <学歴・職歴等> 1953年6月18日チベットのカム地方ニヤロン生まれ 1965年12月11日来日 1973年チベット文化研究会設立(チベット問題研究会/日本チベット文化交流協会を改名〉事務局長就任 1976年3月亜細亜大学法学部卒業(ダライ・ラマ法王日本駐在連絡官に任命) 1976年9月上智大学国際学部大学院入学 1977年4月チベット文化研究所所長就任 1977年12月亜細亜大学アジア研究所嘱託研究員 1978年12月東京外国語大学アジア・アフリカ語学研究所研究生 1980年ダライ・ラマ法王アジア・太平洋地区担当初代代表 1983年拓殖大学海外事情研究所客員講師 1990年4月アジア・太平洋地区初代代表退官 1991年4月日本作家クラブ(現日本文芸家クラブ)初の外国人メンバーとなる、岐阜女子大学客員助教授 1992年岐阜女子大学客員教授、日本経営者同友会特別名誉会員〈15000社〉 1993年インド政府観光局東京事務所顧問 1994年5月ネルー記念財団チベット学校常任顧問(在インド) 1995年(杜)日本国際青年文化協会常任顧問、学習院女子短期大学非常勤講師(94?95) 1996年モンゴル国立大学園担当顧問、4月岐阜女子大学教授 1997年1月三井薬品(株)顧問、アジア刑政財団学術評蝕委員〈国連NGO団体)、 9月拓殖大学海外事情研究所客員教授 1998年4月慶応大学訪問教授(99,3月まで) 1999年4月モンゴル国立大学一社会科学アカデミーより政治学博士号取得 2000年4月岐阜女子大苧南アジアセンターのセンター長 <受賞> 1995年11月第32回翻訳出版文化賞 受賞 1998年2月ペストチュナター賞 受賞 <趣味> 読書、作文、アジア地域の文化研究、風呂敷とふんどしの文化研究 <主な出版物> 「日本人へ 最後の通告」 小学館文庫(編著) 「お陰様イズムの国際関係」 東洋堂企画出版(著) 「チベット女戦士 アデ」 総合法令出版(監訳) 「国を捨てられない日本人の悲劇」 講談社 「おかげさまで生きる」 近代文芸社 「日本の宗教」 総合法令出版(箸) 「私たちのゆくえ」 KKベストセラーズ (監釈) 「チベット入門」 日中出版 (著) 「チベットはどうなっているのか」 日中出版く著) 「チベット民話28夜物語」 山手書房新社(監修) 「チベットあれこれ」 チベット文化研究回(編著) 「チベットの小手引き(2)」 チペγト文化研究会(翻訳) 「ドルジュの旅」 僧成社〈誇り) 「チベット文化研究会報・チベットの民話」(語り) 「仏教のこころ」 講談社〈共訳) 「チベット・メディテーション」「私のチベット」 日中出版(共駅〉 「中国とたたかったチベット人」 日中出版(共訳〉 「チペッ・トハンドブック」 東洋堂企画出版(渦署) その他、亜細亜大学アジア研究所報、拓殖大学海外事情研究所報、月刊「中国研究、「?IEWS」、月刊「ビッグA」、「国会ジャーナル」各新聞、雑藷などに多数祝事を掲戟。 くマスコミ> *大隈讀賣テレビ「WÅKE?UP」準レギュラーにて出演中 *東京MXテレビ隔週出演 *「開口弘のサンデーモーニング」、朝まで生テレピ」などにも出演 く連 載 > *スーパービジネスマン「アジアニュースを部む」 *インテリジェンス「日本の潮流・世界の潮流」 <連救実績> *月刊誌「政財界ジャーナル」にて「ペマ・ギャルポの大使と語る」 *維態「A HARD DAYS NIGHTにて「アジアもっと放談」 *「スーパービジネスマン」にて著名人との連続対談「日本のアイデンティティー」 *雑藷「MOKU」にて「ペマ・ギャルポの地球なんでも相談室」 *雑聴「な?む」にて「ペマ・ギャルポの世界時評」 * ミニコミ紙「さい21にて「ペマ・ギャルポの世界と日本」 *東京新聞「言いたい放腰」1998年8月?1999年3月 ○福永正明さんのプロフィール: 1955年生まれ、東京都出身。 インド国立バナーラス・ヒンドゥー大学大学院にてPh.D.学位取得、東京大学東洋文化研究所、拓殖大学言語文化研究所を経て、現在は岐阜女子大学南アジア研究センター客員教授。南アジアの社会、聖地と巡礼などについて調査研究をすすめている。主な著書『インド旅案内』ちくま新書、筑摩書房。 2004年2月定例会(1) ○松尾康範JVC(日本国際ボランティアセンター )タイ現地代表(〜2004年1月)とお話する会 ○テーマ:イサーンの百姓たちと地産地消の活動 「国境を越えて地域と地域が持つ智慧を紡ぎ、人々の大きな潮流を創り上げていこう」 1. イサーン(東北タイ)の人たち イサーンの紹介、地理、歴史等。 2. 変容するイサーン インフラ整備、電気、換金作物。 3.地産地消の市場づくり JVCの紹介、イサーンで取り組む地場の市場づくりの活動、NGOの活動とは。 4.グローバリゼーションとイサーンの智恵 イサーンのNGOや農民運動家の活動。 5. むらとまちを結ぶ市場へ 村の朝市から郡役所における町の直売市場づくりへ。 ○日時:2月3日(火)19:00〜20:30 ○場所:ぎふNPOセンター ○参加者:8人 ○ 参加費:500円 ○ 松尾康範(まつおやすのり)さんのプロフィール: 1969年生まれ。1990年からJVCの活動に関わる。94年にJVCボランティアとして1年間、東北タイ・ブリラム県の農村に滞在。帰国後2年間NGO「むらとまちのオルタ計画」に所属し、97年からJVC東京事務所にてタイ事業担当。2000年からタイ東北部コーンケーン県に駐在し、02年からJVCタイ現地代表。04年1月に帰国。著作に「土と出会い、人と出会う」地球的課題の実験村編著「生命めぐる大地」(七つ森書館)に所収、「地場で作る、地場で食べる」日本国際ボランティアセンター著「NGOの時代」(めこん)に所収、「人々の智慧を取り戻す 地場で作る 地場で食べる」駄田井正・西川芳昭編著「グリーンツーリズム」(創成社)に所収。著書に「イサーンの百姓たち(仮題)」(めこんから1月に出版)
2003年10月定例会(2) ○チャイヤワット・ポーンティップさん(タイ王国ピサヌローク県コミュニティ開発員・JICA研修員)とお話する会 ○テーマ:「タイ地域開発の現状、問題点、日本との比較」 岐阜県は、平成13年度に、ODA(政府開発援助)の実施機関の一つである国際協力銀行との連携によって、タイ王国における「道の駅」を活用した地域おこしを展開するための可能性調査を実施しました。今回は、そのフォローアップ事業として、岐阜県が研修員として受け入れている、ポーンティップさんをお招きします。 現在、タイは地方分権が進められていますが、まだ中央政府の力が強い状態です。タイと日本の地域開発の大きな相違点は、日本では、過疎化対策で地域開発が進められているのに対し、タイは、農村の所得向上に重点がおかれていることが挙げられます。タイ王国ピサヌローク県でコミュニティ開発員として活動するポーンティップさんからタイの地域開発についてお話をお聞きし、日本の地域開発を振りかえってみる機会としたいと思います。 ○日時:10月8日(水)19:00〜20:30 ○場所:ぎふNPOセンター ○ 参加費:500円 ○参加者:12人 ○タイ語通訳:小山峯子さん ○チャイヤワット・ポーンティップさんのプロフィール: 所属先:ピサヌローク県コミュニティ開発事務所 職務:ピサヌローク県コミュニティ開発員(内務省地域開発局県事務所職員(国家公務員))(1993. 2 〜) [所属する組織の仕事] (1) コミュニティが力を向上させ自立するための住民参加プロセスを促進すること。 (2) コミュニティ組織の可能性を開発すること。 (3) 一村一品運動(コミュニティ起業)。 [自分自身の仕事] コミュニティ組織とコミュニティリーダーの開発に加え、コミュニティが力を向上させるための地域住民の学習過程を促進すること。一村一品運動(コミュニティ起業)も担当。 [帰国後の研修成果の活用] ピサヌローク県のコミュニティ市場の可能性を調査する。3ヶ月前、ピサヌローク県にもコミュニティ市場がオープンしたが、現在は閉鎖してしまった(この分野の専門家である職員の不在が原因と思われる)。本研修で学んだ知識や経験を持ち帰って、ピサヌローク県、タイ王国におけるコミュニティ市場へ適用したい。 <ピサヌローク県に関する情報> 人口 791,652(2000年時点)世帯数 224,634 面積 10,584q 行政機関 9郡 一人当たり県民総生産 40,345バーツ(約100,900円) ○参加者のコメント (Uさん)懐かしい方にお目にかかれて嬉しかったです。私達が、バンコクセミナーで話し合ったことが中途半端で、消化不良のままでしたが、ほんの少し消化できたような気がします。国内で何かを行うでも大変なのに、国の組織、自然気候、文化・・・違う国が協力して行うことの大変さを強く感じています。そんな中で協力を行うには、まず人と人が対等に向き合い、理解しようと努めることが基本だとも感じています。先進的に取り組んでいるからどうこうではなく、1つ1つについて、良さと課題を確認しながら進めていくことの必要性を学びました。今回、セミナーを韓国と共催する過程で学んだことです。 (Nさん)途中からの参加になり申し訳ありませんでした。今回感じたことは、ポーンティップさんがタイから来日され且つ、通訳の方をとうしてのお話であったにもかかわらず、参加者側がコメント・質問を出しやすかったことです。多分、ご自分が知りたいこと・疑問に思うことや自国の現状を素直によく要点をまとめてお話いただいたからだろうと思いました。また小山さんの素晴らしい通訳に感動しました。ポーンティップさんの気持を私たちに素直に伝え、私たちが質問をしたくなるような雰囲気になった部分において小山さんがはたされた役割は大変大きいと感じました。小山さん有り難うございました。タイにおいてはまだまだ、地方自治体の力が弱く、自立するにはまだ多くの時間と努力が必要だと思われますが、ポーンティップさんのような生活者の現状を真剣に考え、改善に取り組まれる若い政府関係者がおられることがわかり、これからのタイの将来に期待できそうな予感をもちました。 (Wさん)初めての参加で、多少、的はずれの質問もあったかと思いますが、ご容赦ください。反省なのですが、私のフィールドがネパールで、タイとは状況は違うはずなのに、引きずられてしまいました。顔の見える集まりでしたので、質問できる雰囲気が良かったです。ポーンティップさん、小山さんに感謝いたします。 (Iさん)昨日、定例会でお話しした日本国際ボランティアセンター(JVC) のタイにおける朝市プロジェクトについて、詳しくお話しできずすみませんでした。JVCのホームページに紹介がありましたので、もしご興味があれば見てみてください。http://www1.jca.apc.org/jvc/jp/projects/thailand/prj02cover.html 2003年10月定例会に替えて 国際開発学会東海支部合宿(フィールドワーク日本の開発経験) 趣旨 近年、国際協力事業団、国際協力銀行などは、日本の地域開発のなかですぐれた取組みを、今日の開発途上国に移植できないか研究を重ねている。また、開発途上国の開発支援に取り組むものにとって、日本はどのような開発経験をつんできたのかを学ぶことも大変重要である。そのため東海支部では、当分の間、毎年1回日本の開発経験を知るためのフィールドワークを行うことにしている。 21世紀は参加民主主義の時代と言われる。これまで日本では、市町村レベルでも役場と商工会議所(町村では商工会)、農協、観光協会などが密接に連携し、「株式会社日本」の地方版を運営してきた。さらに地域団体として町内会連合会があったが、これはかなり形骸化しているものの、自治体政府との連携のシステムとしては全国的に整備されてきた。 「ガバメントからガバナンス(政府と民間企業、市民団体との協治)への移行」 といわれる今日の地方自治体の変化を、今回は、岐阜県多治見市で見ることによって、地方分権化が世界潮流として進んでいる途上国地方政府のガバナンスのあり方を考えてみたい。 日程:2003年10月3日(金)〜4日(土) 場所:岐阜県多治見市 定員:25人 対象:国際開発学会東海支部会員の他、テーマに関心のある方どなたでも。現地での 移動は自家用車、タクシー等の乗り合わせのため、自家用車で参加してくださる方を歓迎します(割引あり)。 参加費:一般1万5千円、学生1万2千円 参加費に含まれるもの:1泊4食代(昼2・夕1・朝1)、面談先への土産代、現地 移動費(ガソリン代、タクシー代)、交流会費(招待者分含む)、雑費(コピー代・ 美術館入館料等) その他:参加者は、事前準備としてHP等で多治見市の概要を予習してくること 主催:国際開発学会東海支部 http://www-new.gsid.nagoya-u.ac.jp/kimura/jasid_tokai/ 協力:DDC−GIFU(地域主体の国際協力・岐阜) http://www.geocities.com/wgddc/WG.htm スケジュール: 2003年10月3日(金曜日) 9時45分 多治見市役所ロビー集合 (JR中央線快速 名古屋発8:45→多治見着9:25) 10時ー11時 西寺雅也 多治見市長 面談 「選挙公約と自治体政策」及び「人口減少時代の自治体政策」 11時ー12時、13時半ー14時半 多治見市役所職員面談 「総合計画と財政の一体的な行政運営」(企画課・財政課) 「持続可能な地域社会形成のためのプロジェクト」(健康福祉政策課 「陶磁器を核とした産業観光の取り組み」 15時ー16時 (株)織部 奥村紀八郎 社長 面談 (全国的な、陶磁器の小売りを展開。) 16時半ー17時半 美濃焼スクエア 川上智子 店長/陶芸家 面談 http://portal0.to-no.jp/shop/square/ 19時ー 交流会(可能なら面談した人に声をかけて参加してもらう。) *宿泊:多治見神言修道院 http://www.i-chubu.ne.jp/~schans/kennshu.html 10月4日(土曜日) 8時半ー9時 掃除 9時ー10時 講演「日本のローカル・ガバナンスの途上国への適応可能性(仮題)」 名古屋大学大学院国際開発研究科 木村宏恒 教授 10時半ー12時 TAJIMI海外陶芸家支援の会 酒向和子 代表、越村勝吉 コーディネーター 面談 http://www.takumi21.com/web/yakimono.html (平成11年6月に民間非営利団体として設立。現在会員数50名。海外の陶芸家を美濃焼の産地である多治見市に招き、陶芸を通した民間レベルの国際交流を行っている。世界に開かれた魅力ある地域社会づくりを目指す。この秋は、JICA, 多治見市及び岐阜県との協働により、ハンガリーとインドからの陶芸家を9.10.11月に受け入れ予定。) 13時半ー15時 地域通貨R運営委員会 関谷剛一代表 面談 「市民による地域の活性化事例<ボランティアから商売まで>」 (多治見で運送会社を経営しながら、人モノ情報の集まる市場(バザール)をコンセプトにしたリサイクルショップ、お母さんのための託児つき喫茶店の支援、元祖コミュニティビジネス便利屋、高齢者就業組合のエルダーワーカーズクラブ等、地域コミュニティの再生を旗印にいろんな事業にチャレンジ。この街を終の住処にするために地域で互いに支えあっていく仕組みをつくる事を目指す。地域通貨も地域で善意を交換する仕組みを促すツール(道具)であり、大事なことは地域通貨を使って何をするのか。グローバルスタンダードに対抗するには、地域で心とモノの自給自足させる事、ポスト資本主義の秘密兵器は貧乏力、をモットーに活躍中。) 15時半ー16時半 市之倉さかづき美術館・市の倉陶器市視察、 加藤祐子 学芸員 面談 http://www.sakazuki.or.jp/menu.html (日本最大の生産量を誇る美濃の陶産地の中でも、市之倉は精緻で高水準の盃や煎茶器を生んだ所。明治期には全国盃生産の大部分を占め、現在では、静かな焼物の里として多くの陶芸家と手づくりの窯元が親しみのある焼物を世に送り出している。) 17:00 解散(JR多治見駅) 多治見市http://www.city.tajimi.gifu.jp/ 岐阜県南部、東濃地方の西側にあり、緑豊かな山々に囲まれた盆地。陶磁器生産地として知られている。JR中央線を利用して名古屋から約40分。市の中心を流れる土岐川沿いに市街地がある。 人口:103855人(H14.10.1) 財政:http://www.city.tajimi.gifu.jp/section_news/kikaku/budget/14budget/y
○関野伸之さん(青年海外協力隊セネガルOB)とお話する会 ○テーマ:セネガルの環境問題とその取り組み 9月定例会では、岐阜県から青年海外協力隊としてセネガルへ現職派遣され、2002年12月に帰国された関野さんをお招きします。2003年9月のセネガル再訪時の映像も交えてお話ししていただきます。なお岐阜県職員としてはこれまで27人(うち教員21人)が青年海外協力隊員として現職派遣されています。 ○日時:9月22日(月)19:00〜20:30 ○場所:岐阜県県民ふれあい会館 第2棟6階地方自治大学校6D研修室 ○ 参加費:500円 ○参加者:9人 ○関野伸之(せきののぶゆき)さんのプロフィール: 1972年生まれ。幼少の頃から野鳥に興味をもち、世界各地へエコツアーに出かける。2000年12月、青年海外協力隊員(生態学)として、セネガル環境保護省国立公園局に派遣される。UNDP(国連開発計画)やUICN(国際自然保護連合)等と協力し、野鳥調査・植林・環境教育といった環境保全活動を行う傍ら、地域住民の生活向上を目指した国立公園パンフレット販売事業を立ち上げる。2002年、セネガル初の野鳥図鑑となる“Le Guide des Oiseaux au S?n?gal”を制作。同年、外国人として初めて“DECRENE A”を受賞。 ○関野さんのメッセージ: アフリカ大陸最西端の国セネガル。2002年W杯、初戦で王者フランスを破り、初出場でベスト8に進出し、一躍有名になりました。日本の2分の1ほどの小さなこの国は、独立当初から民主的な政治が行われてきました。特に現大統領アブライ・ワッドが政権を担ってからは、女性の総理大臣を登用、改革路線を歩み、着実な経済成長をとげ、西アフリカのリーダー国として注目されています。しかしながら、経済発展に伴う人口の増加と生活様式の変化は国土をむしばみ続けています。森林伐採による砂漠化、環境難民、密猟や海洋汚染による野生生物の絶滅等、セネガルもまた他の発展途上国同様、多くの環境問題を抱えています。こうした状況のなか、政府や国際機関、NGO等が協力し、各地で地域住民主体の環境保全活動が行われ、人々の環境に対する意識も徐々に高まりつつあります。国境なき生物保護区の設立など、最新の情報も交えながら、アフリカの目指す持続可能な開発について、みなさんと考えたいと思います。 ○参加者のコメント (Nさん)定例会楽しくお聞きしました。いくつか大変興味あるお話が聞けました。セネガルでは肥えた女性が美人である事、もしかすると日本ではモテナイ私もセネガルでは美男子かも・・・。海外協力隊についていろいろお伺いできとても参考になりました。最初の三ヶ月は大変だということや仕事は自分で作っていかなければならなかったこと、やはり病気等の危険が伴う事など、女性の隊員ほうが精神的にも強いのではないのか等々・・・。本当に、楽しくお聞きする事ができました。セネガルでも地域の住民をどの様に活動に参加させるかを一番の課題ととらえられ努力されたことが大変よくわかりました。 2003年8月定例会 ○コットンボール銀行代表 内田晴代(うちだはるよ)さん・岐阜県藤橋村役場藤橋村活性化推進室企画調整係長 船越浩海(ふなこしひろみ)さんとお話する会 ○テーマ:平成14年度国民参加型援助促進セミナー参加報告 8月定例会では、国際協力銀行(JBIC)の国民参加型援助促進セミナーに参加され、タイ国を訪問されたた内田さんと船越さんをお招きします。 JBICは、初めての試みとして2003年1月〜2月に「国民参加型援助促進セミナー」を実施。このセミナーは、JBICとの連携を通じた国際協力に関心のある団体(NGO、地方自治体、民間企業等)を公募し、JBICの業務概要に関する研修、開発途上国における円借款事業等の視察を通じて、JBIC業務への理解を促進し、参加団体とJBICとの連携の促進につなげることを目的として実施。公募による選考の結果、合計26団体(34名)が参加。26団体の内訳は、地方自治体8、NGO等民間非営利団体13、民間企業5。(参考:http://www.jbic.go.jp/japanese/topics/030318/index.php) ○日時:8月22日(金)19:00〜20:30 ○場所:岐阜県県民ふれあい会館第2棟6階地方自治大学校6D研修室 ○ 参加費:500円 ○参加者:6人 ○内田さんのメッセージ: 「知的協力」について、生涯学習という視点で考えてみました。個々の学習成果を社会へ還元するということで、共に住みよい社会をつくっていこうとの考え方です。このような視点から「知的協力」という海外援助を考えたとき、現代日本が抱える問題の中にヒントがあることを見出しました。セミナーから得たこと、それをどのように発展させていくかについて、皆さんのご意見をいただきたい思います。 ○船越さんのメッセージ 住民を巻き込んだごみ施策や地域振興を切望する姿は、日本の「オンリーワンの発掘、開発」「地域の顔作り」「人材と情報」と言った日本の地方自治体の施策に重なります。藤橋村http://www.ginet.or.jp/fujihashi/は、「星のふる里」を冠とし、天文台や道の駅などを拠点とした地域振興に取り組み、タイ・タカ村との国際交流も行っています。セミナーでの成果を租借還元し、当村の経験がJBICとの今後の連携に寄与することを願います。 〜参加者のコメント〜 (Nさん) 本当に丁寧に時間をかけてまとめておられるのに、感激しました。まず第一に感じたことは「生活者の視点」で見てこられたのではないだろうかということです。専門家はえてして、ご自分の専門分野に関係することに目が行きがちですが、お2人はごく一般的な(こういう表現が適切かどうか・・・。)自治体職員とボランティア団体の代表であり、むしろこの点が主催者の意図する部分であり、これからの開発援助における
重要なことではないだろうかと思いました。今回ご紹介いただいた場所は、コミュニティーに対しての支援を重点にしているように感じました。さて、一村一品運動(大分県でしたっけ。)道の駅(国土交通省の関係?)等日本でもよく知られた事例が思いのほかうまくいっているように感じました。行政と住民の協働(日本で大流行ですが)がむしろ日本よりうまくいっているのではないだろうかなどと考えてしまいました。あくまで推測ですが行政と住民との垣根が日本より低いのではないのかな…。ゴミの分別収集、ポイント発行(自転車がもらえる)・・・エコマネーの発想?等に日本からの、ハードでなくソフトの部分での援助のかたちが見て取れたように感じられました。日本が見習うべき点もあるのではないだろうかとも感じました。
地域主体の国際協力・岐阜
2003年2月第2回定例会 NPOの存在証明 3/25/2005 伊藤かおり 日本では、ここ10年で「NPO」という言葉がずいぶんと市民権を得たように感じます。今では、行政の作る書類や刊行物の中にNPOが出てこないものはなく、担当者はどうやってNPOとの協働を図ったらよいかに苦労している段階です。 NPOにとっては、時代の追い風がある今だからこそ、NPO自身の存在意義を確認しておくことが重要です。 「NPOの存在証明」を研究テーマにされている日本福祉大学の雨森助教授は三つの問いかけをされています。 (1)非営利組織の独自性は何か? (2)NPOのパフォーマンスは、他のセクターと比べてよいか? (3)非営利組織の特質(NPOらしさ)とは何か? NPOは、他セクターに比べて役割や機能の独自性、サービスの比較優位、その他のよい特質がなければ、非営利組織、非営利セクターとしての存在意義が問われます。そして、NPOを支援する制度、仕組み、それらの必要性、協働のメリットといった点も問われます。NPOへの期待が大きくなっている中、NPOは期待に応えられるのでしょうか。 こういった問いに答える試みとして、国内外で多くの研究がなされています。 実証研究では、組織の設立形態や根拠法はそれほど重要ではないという結果が出ており、非営利組織が営利企業よりも公共財的なサービスの提供において優れているから存在する、という一般化は難しいようです。 しかし、最後に雨森さんが強調された点は、NPOの価値判断である、「多様性そのものがいい」という見方、つまり、課題を発見した場合、自分でNPOを作り取り組んでいくことができる選択肢があることは、非常に重要であるということでした。 私自身は、現在、職業人としては与えられた仕事をこなす、という立場で、自分の仕事の必要性や意義、自分の価値観による重要性の判断を行うことがいつも可能というわけではありません。今回のお話では、課題を発見したら、自分でNPOを作るという選択肢がある、ということが、改めて新鮮に響きました。
香港・シンセン日記 1/1/2005 伊藤かおり 香港とシンセンへ行ってきました。香港は、これまで飛行機の乗り継ぎのため、1泊したり空港を利用したことはあったのですけれど、目的地としては始めてでした。歴史や映画等の舞台となっている香港は、以前からあこがれていた場所です。シンセンにはいわゆる「勝ち組」中国人の友人がいて、その活躍ぶりを見に行きました。 短い滞在だったので、一面を見ただけでしたけれど、昨年訪れた上海と比べると、香港よりも上海のほうに、発展中の勢いが感じられました。そして、香港では意外に英語が通じず、思っていた以上に中国的な雰囲気がありました。例えば、生活の中で風水が大切であったり、お寺にお参りしたりといったことです。香港へは、大陸から大勢の裕福な中国人観光客が訪れていて、中国の国内格差はどんどん広がっているように思いました。たとえ一部の人しか発展の恩恵を受けられないとしても、なにせ人口13億人という巨大な中国市場です。 シンセンは20数年前までは漁村だったところが、経済特区に指定されて以来、急激に発展し、大都市になりました。地元の人は土地成り金で大金持ちになり、私の友人のように才覚のあった人は、シンセン・ドリームを実現させているようでした。しかし、立派なマンションや車をいくつも持っている友人は、多忙のため普段お茶を飲む時間ももったいないようで、お茶の国、中国にいてお茶も飲めないのは何だか気の毒な気がしました。 香港もシンセンも地震がないということで、高層ビルが簡単に建っているようで、ちょっと恐い気がしました。上海と同様、人よりも車が優先の社会のため、車に気をつけるようにとうるさく注意されました。香港もシンセンも上海もごちゃごちゃしたところが魅力の町ですけれど、車がとても多く、空気はきれいでないように感じました。車の値段は日本で買うよりも高いそうで、車を持っている人は、お金持ちのようです。走っている車はどれもきれいで新しい車でした。「途上国」でみかける、日本の中古車や壊れそうな車は走っていません。一方、中国がコピー天国というのも、実感しました。高級ブランドのコピー商品が堂々と売られています。ガイドが観光客に平然と勧めていたのに驚きました。コピーの技術が高いことを誇っているようにも思えました。 世界は、偉大な歴史を持つ中国から学ぶことも多いでしょう。今後、経済的にも社会的にも、ますます中国は重要な国として地位を占めていくでしょうから、地球環境や人権、開発といった観点からもリーダーシップを発揮してほしいと感じました。
「リッチ」の勧め 12/13/2004 伊藤かおり 自分の才覚で経済的な富を築いた人は、ある面で人々からの賞賛、羨望を受けます。「ソーシャル・キャピタル(=SC)」を築くことは、経済的な富の蓄積以上に困難で、賞賛されるべきことではないでしょうか。 SCの定義はいろいろあります。おおむね、「人々がつくる社会的ネットワーク、そしてそのようなネットワークで生まれる共有された規範、価値、理解と信頼を含むもので、そのネットワークに属する人々の間の協力を促進し、共通の目的と相互の利益を実現するために貢献するもの」とされます。簡単に言えば、何か物事を進める場合に、価値観を共有し信頼を置いている人同志やグループで行うことができれば話がスムーズに進み、効率よく質の高い成果を出すことが可能ということです。自分自身や自分の属するグループがたくさんの信頼できるネットワークを持っていれば、その分多くの有益な情報をやりとりすることができ、お互いに助け合うこともできます。SCの本意として、見返りを求めることは二の次としても、「情けは人のためならず」という言葉が頭に浮かびます。SCの負の面も容易に想像できます。あまりに内部の結束が固いと、それは排他性につながり、偏狭な考えを軌道修正できなくなります。 ここ数年、SCの側面から「途上国」の開発が考えられています。SCが築かれていることで、開発がうまくいきやすいといった考え方です。日本では、SCに関連し、人とのつながりという点からNPOやボランティアが注目されています。 他人への信頼感が高く社会活動への参加が多い地域では犯罪率が低かったり、合計特殊出生率が高いといった相関関係があることがいわれています。しかし、それは信頼と参加によって、犯罪が起こらず子どもが多いという因果関係ではありません。単にSCを作ればすべて解決というものではありませんし、SCは外部の力で作らせるものでも、作れるものでもありません。これは、自分に置き換えればわかることで、相手への信頼や尊敬は、頼まれたり強制されて生まれるものではありません。自分自身が信頼されるに足る人間かどうかは、それまでの自分の言動を通じて相手が判断するものです。 自分自身の身近な場所である職場や地域社会に当てはめると、価値観を共有し信頼関係を築くというのは、一朝一夕にできることではなく、簡単なことではありません。だからこそ、SCには価値があり、パワーを持つものだといえるでしょう。 SCと経済的な富との決定的な違いがあります。SCを築くことは、限られたパイを奪い合う競争ではありません。より多くの人がSCを築けば築くほど、全体の豊かさが向上し、豊かさがより多くの人に波及します。自分自身がSCを多く築いた「リッチ」な人間になり、そのことで自分の周りの人々や社会が「リッチ」になれるように努力をしたいと思っています。
エコロジー経済の奇跡 11/6/2004 伊藤かおり ドイツの環境ジャーナリスト、フランツ・アルトさんのお話をお聞きしました。 最近の連続する異常気象には危機感を覚えますし、環境問題が重要であり、エネルギーを浪費しないエコロジカルなライフスタイルが望ましいことは、多くの人が「わかっている」ことです。しかし、現在の快適な生活のレベルを下げてがまんすることはなかなかできません。近い将来の化石燃料の枯渇という現状にも目をつぶってしまい、自分一人の力では何も変わらないとつい思ってしまいます。 アルトさんのお話は、再生可能エネルギー(ソーラー、風力など)は、個人単位でも国にとっても経済的なメリットがあり、雇用が増えるということを、具体的な数値をあげ、ドイツでの事例紹介を交えた説得力のある内容でした。特に、二酸化炭素の25%は車から出ているので、車に乗らないことですでに25%の二酸化炭素を減少させるというのは、車を運転しない私にとってはわが意を得たりでした。自動車を目の敵にするようですけれど、鉄道は路線を鉄道会社が、運賃を集めて自分で敷かなければならないのに対し、道路は、税金で作られています。私たちは、鉄道(不便な地域であればあるほど)の運賃は「高く」、車のほうが、表面的には安いように思います。 アルトさんは、ソーラーエネルギーに対する期待が大きいようでした。再生可能エネルギーのうち、太陽は、世界で必要とされるエネルギーの1万5千倍の供給量があり、しかも、請求書を送ってきません。太陽には、誰も手が届かず、誰のものでもありません。太陽はどこにでも照ります。石油を巡る戦争は起こされても、太陽を巡る争いは起きません。石油はいずれ、高くて買えなくなるときが訪れます。原子力は、一見安いように見えるけれど、事故が起きたときの費用、研究費など、価格に乗せられていない部分が大きいのです。一方ソーラーは、個人にとって最初の投資が必要であっても原料はただで、そのうちもとがとれます。ドイツでは「再生可能エネルギー優先のための法律」によって、再生可能エネルギー源で発電された電力は、電力会社が買い取らなければならないと決められています。個人は、余ったエネルギーを売ることで、収入を得ることができます。 ドイツと日本の違いは、日本では、再生可能エネルギーの買取り補償制度が整っていないことです。ドイツには、ソーラーパネルを自宅の屋根に取り付けるだけで、2万5千円くらいの収入を毎月得ている人たちがいるそうです。環境に配慮した生活を送っているという現在の自分と将来の世代に対しての責任を果たしているという精神的満足を得られるだけでなく、実際に経済的な利益があるのであれば、広く普及することは明らかです。 環境破壊とは、運命ではなく、変えていけるものであり、一人一人がよりよい未来と世界のために参画することが大切という言葉は、よく耳にする「スローガン」でありながら、アルトさんの現実的なお話の最後に聞くと、実現可能に感じられました。
マサイの戦士 10/10/2004 伊藤かおり タンザニア・モシの旅で印象的だったのは、マサイ族の人々です。彼ら(道を歩いているのはほとんどが男性)は、一目見てマサイとわかる赤い布を羽織り、ビーズの飾りをつけ、タイヤで作ったサンダルをはき、牛を追う棒を持っています。牛はマサイの財産で、その価値観からすると、マサイの人々はとても「豊か」な人々です。マサイの人々にとって、牛を追っていなくても、牛追いの棒は手放せないようです。ライオンから牛を守ることができるのが、一人前の「マサイの戦士」です。 生でマサイを見たのは始めてだったので、はじめの頃、マサイの人たちをみかけるたびに、「あ、マサイ!」と声を出していました。あまりにマサイ!マサイ!と興奮していたため、タンザニア人ドライバーは不思議に思っていたかもしれません。マサイの人たちは、モシの町では日常的に生活する人々で、珍しがることが変なのです。今から思えば、ずいぶんと失礼なことをしていたわけで、もしも歩いている自分のことを外国人が車の中から珍しがって騒いでいたら、腹立たしいでしょう。 マサイの中には、いわゆる「観光マサイ」がいます。「マサイ村」と呼ばれるところに20〜30世帯くらいが集まって住んでおり、観光客から1グループUS40ドル程度を受け取って、写真を撮り放題にさせて、ビーズのアクセサリーなどのお土産物を売っていました。実際の生活場所に入っていき、ばしゃばしゃと写真を撮るのですから、お金を払うのは当然としても、何だかテーマパークのようにも思えます。以前読んだ本に、人類学者の調査を皮肉る内容で、「人類学者が来た!」と、「文化的」な物を隠して人類学者の調査に答えるマンガが載っていたことを思い出しました。「観光マサイ」は、観光客を満足させるために、「マサイ」の生活を演じているのではないかと、何だか少しだけ気分が滅入ったところ、「観光マサイ」のリーダー的な男性の腕を見ると、腕時計がはめられています。私が冗談で、「いい時計ね。いくら?」と聞くと、私が時計をしていないのを見て、彼は「10ドル」といってきました。これは、マサイから、日本人観光客の私が時計を買おうとしているという風刺です。 私たち観光客がマサイを写真にとりたがるのは、「珍しいもの」としておもしろがっているわけです。私は、この人たちは、「観光マサイ」の人たちだから、町を歩いている人に勝手にカメラを向けているわけではないのだからと、言い訳と少しの罪悪感を感じながら、入場料を払い、マサイの写真を撮りました。 マサイはやせて背が高いのが特徴です。サファリでのガイドに、太っているマサイもいるの?と聞いたところ、彼は「いる」と答えていましたけれど、太ったマサイはさまになりません。でも、これも、マサイはやせていなくっちゃ!という観光客の勝手な要望ですね。
タンザニアでの違和感 9/10/2004 伊藤かおり はじめてのアフリカ、タンザニアはとてもとても楽しかったのですが、旅行中、何だか居心地の悪さというか、違和感というか、表面をなでているだけで本質に近づけないもどかしさというような気持ちをずっと持っていました。 表面的、というのは仕方のないことで、治安上、日本人の友人と一緒に、運転手付きの車に乗って、観光客が訪れるところへ点から点の移動をするだけで、自分の足で町を歩いていないからです。 居心地の悪さというのは、サファリツアーを楽しんでいたりレストランやホテルを利用するお客が、白人ばかりだったことです。もてなしているのは黒人です。これも、黒人の国に、観光客として白人がやってきてお金を落としているのだから、当然といえば当然です。肌の色があまりにはっきりとコントラストになっているため、強い印象を受けるのかもしれません。 思い出してみると、これまで訪れたいくつかの国(「先進国」はもちろん、主にアジアの「途上国」)で、レストランや観光地において、その国の人がお客として全く存在しない、という経験はありませんでした。タンザニアにもお金持ちはいるはずで、一体その人たちはどこで楽しむのだろうかと疑問に思いました。タンザニアでは、白人と黒人、お金があるかないかといった形で、はっきりと分断されているように感じました。 アフリカ、というと、動物がいっぱいで、アフリカの人々は動物と共に暮らしているような素朴なイメージがあります。実際は、動物がいるのは、広大とはいえ「保護区」の中です。その動物を見に行く「サファリ」は贅沢なレジャーで、外国人観光客がお金を落としているのです。つまり、一般の道路にゾウやキリンがいるわけではないので、タンザニア人の多くは、牛ややぎといった動物は別として、アフリカにいても、アフリカ的な動物を見たことがないでしょう。 アフリカといっても、私がこの目で見たのは、タンザニアだけですけれど、アフリカの国々と「先進国」の国々との格差、アフリカの国々の間での格差、ひとつの国の中における格差と、格差は多面的で複雑です。観光客としてやってきて、お金を落とすことで大海の一滴くらいの経済効果はあるかと、言い訳しつつ、ちょっぴり罪悪感も感じながらも、サファリを楽しみ、食べきれない食事を残して、お買い物を楽しみました。たまたま私は日本に生まれて、タンザニアに遊びに来ることのできたけど、自分だけ楽しんじゃってごめんね、というのが居心地の悪さの理由だったのでしょうか。
サファリで思ったこと 8/21/2004 伊藤かおり 憧れのアフリカ、タンザニアへ行ってきました。今回の旅のメインイベントは、サファリ。サファリとは、もともと「旅」という意味とか。二泊三日で出かけたのはンゴロンゴロ自然保護区とタランギレ国立公園。私は、それほど動物好きというわけでもなく、詳しくもないのです。知っている動物も、ぞう、きりん、ライオンといったポピュラーなものだけですけれど、それだけでも生で見て感動しました。 サファリはとても楽しかったのですけれど、少し居心地の悪さ、違和感のようなものを感じていました。もともと動物たちの場所だったところを、人間が後から使い始め、動物たちを、広いとはいえ、「保護区」といった場所に追いやってしまい、その場所に、今度は車に乗って私たち観光客が乗り込んできて、じろじろ眺め、写真をとっています。観光客が、動物の場所に勝手にきているのに、車と動物がであったとき、動物のほうが避ける行動をしています。あるいは、多くの観光客が来るので、動物が人間に馴れてしまい、逃げようとしないのです。人間は車に乗っていなければ、動物たちの中で一番無力だというのに・・。もちろん、私はサファリを楽しむ観光客で、こんなことを言うのは欺瞞です。保護区を作り、動物を保護し、サファリのルールを規制することで、動物を守り、人々を啓発していくことができているでしょうから、サファリが観光として発展することがプラスになっているとも言えます。 チーターが、獲物を狙っている場面に出会いました。屋根をオープンしたランドクルーザーに乗った観光客たちが、チーターの周りに集まってきました。チーターは、多くの人間に見られているという意識があったのではないでしょうか。チーターが獲物を捕る瞬間は、観光客にとってはエキサイティングなショーでしょう。皆の期待も高まっているようで、それぞれのグループのガイドたちも、一番よい場所で、お客さんに見せなければ、といった競争心のような形で、チーターの動きに合わせて車を移動させます。自分も観光客の一人ですが、チーターは、サーカスで観客に芸を見せているわけではないのにと、何だか気分が滅入りました。私たちの車は、十分見たからということで、その場を去りました。人間は、その存在だけで自然に迷惑をかけているわけで、自然は人間がいなくても存在するけれど、人間は自然がなければ存在できません。自然との共生とか、地球を大切に、といったスローガンを掲げるのもおこがましいといえます。日本での日常生活では、人間の視点での生活をしているので、人間中心に考えても違和感ありません。サファリでは、人間が小さく、無力であることを思い出しました。チーター、邪魔してごめんね。
安全な場所はどこ?
7/10/2004 伊藤かおり 「自衛隊イラク派兵差止訴訟の会」代表の池住義憲さんが、「もしも、日本が攻撃されたらどこが安全だと思うか?」という質問をされました。「岐阜の山の中」だとか、「国会議事堂に秘密の部屋があると聞いたことがある」と答えた人たちがいました。わたしは、どこが攻撃してくるのだろうかと思い、それが米国の味方側であれば、米軍のいるところは攻撃しないだろうと考えました。日本の中で一番安全なのが、米軍のいるところというのは悲しいと感じました。一方、攻撃してくるのが米国の味方でない場合(あるいは敵の場合)は逆に、米軍のいるところというのが一番危険でしょう。9.11の後や米のアフガニスタン攻撃が始まったときには、日本にある米軍基地の70%が集中している沖縄への修学旅行がキャンセルされました。多く の人は、米軍がいることによって沖縄は危険な場所だと思ったのです。米軍に守られているから、基地のある場所が一番安全だとは誰も考えません。 2004年度の日本の防衛予算は約5兆円だそうです。2003年12月にインド洋にイージス艦が派遣されたとき、反対運動が起こりました。このイージス艦は1隻1200億円だそうです。「国を守る」ためのこういったお金を、平和のために使ったほうが、遠回りに見えながらも実はよほど「国を守る」効果があるのではないでしょうか。もしもこちらが武装すれば、相手はそれを上回る武装をしなければ不安で、さらにこちらは相 手を上回るといった具合に際限はないのです。 姉妹都市交流というものがヨーロッパではじまったのは、戦争への反省からだと聞いたことがあります。姉妹都市として交流があれば、少なくとも姉妹都市を結んでいるそれぞれの地域の人たちは相手の国と戦争をする気にはならないでしょう。 それにしても、世界中で反対の声が大きい中「イラク戦争」が始まり、国民の反対が多い中自衛隊が派兵されました。しかし、それも今では既成事実となり、慣らされてしまっている私たちがいます。日本人は、北朝鮮くらいまでしか現実味を感じない、と言う人がいます。イラクもパレスチナも日本から距離的には遠いかもしれませんけれど、かけがえのない命が日々失われていることは現実です。自分は安全な場所にい るからと安心して、慣れてしまったり、無関係に思ったり、忘れてしまうというのは、いつのまにか、気づいたときには安全な場所をなくしてしまっているということになるでしょう。
グローバル・シティをめざして
6/21/2004 伊藤かおり (財)日本国際交流センターの毛受さんのお話をお聞きしました。これからの時代、生き残っていけるのは、大都市でなくとも、国を越えた地域間の交流を行い、国際的なネットワークを持ち、活用していける地域であるという事でした。そういう地域は、新しい価値観を提唱し、アクティブな国際的ネットワークにより、意思決定のための質の高い情報を持っているからです。そして、この「質の高い情報」を、地域において社会セクターをこえてシェアすることが重要です。地域づくりには、NPO的な価値観、つまり新しい、自分らしい生き方と経済の両立が必要です。経済だけが優先していると魅力に欠けます。 印象的だったお話のひとつは、行政の役割が、「enabler」になることという指摘です。つまり、「可能にする」環境整備を行い、人々の潜在能力を活かしていくしくみを作り、地域のリソースを活用し、刺激を与え、活性化させる事です。 日本の社会は縦社会であり、人々の行政への信頼性は高く、終身雇用的であり、結局のところ行政とNPOの文化は大きく異なります。この点について、欧米では人々の考えは柔軟で、セクターを越えて雇用の動きがあるということです。興味深いのは、日本と異なり、行政が作る報告書等より、第三者機関が作成するもののほうが信用されるという点です。日本では、行政とNPOは異文化といえます。この異文化をつなぐことができなければグローバル・シティの実現はできません。 日本でも、NPOが力を持ち始めています。ジェネラリストが求められ、数年で異動を繰り返す行政職員は永遠に専門家にはなれず、ボランティアで関わる人のほうが「プロ」であるということも起こっています。しかも、多くの場合、「プロ」でありながらNPOで食べていく事は難しいのです。毛受さんは、「行政の人もかわいそう」と述べられました。たとえ行政職員に志があったとしても、がんじがらめだからです。食べていけさえすれば、NPOで働きたいという人もあるだろう、ということです。専門家になれないシステムの中で働く行政職員は、仮に転職しようと思っても、労働市場で求められる人材にはなれないでしょう。 役所の建物の中で、役人だけで「NPOとのパートナーシップ」や「協働」を論じているのはおかしなものです。まずは異文化の人々が、同じテーブルについて、情報を共有し、お互いを知ることが、グローバルシティ実現の第一歩となるでしょうか。
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