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自由のためのフラグメント

 

 

「ある個人が公衆に対する明確な義務に違反することなく、また自己自身以外の誰それと名指すことのできる個人に対して明白な損害を与えることもないような行為によって社会に及ぼす単に偶発的な――或は推定的とも呼ばれうるような――損害に関しては、社会は、この迷惑を、人間の自由という一層重大な利益のために耐え忍ぶことができないわけではない。」 J・S・ミル『自由論』(On Liberty)

「道徳と社会との改革者の大多数は、自発性をもってその理想の構成要素とみなすことなくかえって彼らが人類にとって最善の理想と判断するものをあまねく受け入れさせようとするにあたって煩わしくまた恐らくは手に負えない障害物となるものとして、むしろ猜疑の念をもってこれを見るのである。」J・S・ミル『自由論』

「高級な知識部門に関する試験は完全に任意でなくてはならない。もしも政府が資格に欠けるところがあるからと称して何びとかを職業から排除することが許されるならばたとえ教師の職業からであっても、それは政府に余りにも危険な権力を与えることになるであろう。―すなわち学位、その他科学的・職業的な素養に関する公の証明書は試験に出頭してそれに合格したすべての人々に与えられるべきものである。」 J・S・ミル『自由論』

「法または世論によって強制されてきた行動及び忍耐の行為の規則を決定するいまひとつの大原理は、俗世界の君主たちや彼らの神々の好むところ、または厭うところと想像されるものに迎合しようとする、人類の奴隷根性であった。この奴隷根性は本質的には利己的なものであるが、偽善ではなくて、完全にまことの嫌悪の感情を発生させ、人びとを駆って魔術者と異端者とを焚殺させた。」 J・S・ミル『自由論』

「多数者は、政府の権力を自己の権力と感じ、また政府の意見を自分たちの意見と感ずることをまだ習得していない。多数者が実際このように感ずるならば、個人の自由は恐らく、それがすでに世論からの侵略に犯されているのと同様に政府からの侵略にも犯されるであろう。」J・S・ミル『自由論』

「健全な権理感覚は、劣悪な権理しか認められない状態に長い間耐えられるものではなく、鈍化し、萎縮し、歪められてしまう。」イェーリング『権理のための闘争』

「人びとが不公正だと考える条文や人びとの憎悪の対象となっている制度はすべて国民的権理感覚、したがって国の力を損なう。」イェーリング『権理のための闘争』

「恣意と無法が厚顔無恥に頭をもたげるのはいつも法律を防衛すべき任務を負う者が自分の義務を果たしていないことの確かなしるしである。」イェーリング『権理のための闘争』

「国民の権理感覚の函養を図ることは、国民に対する政治教育の最高の、最も重要な課題のひとつなのである。」イェーリング『権理のための闘争』

「われわれの環境に加えられた損害は、行われた選択よりもむしろおろそかにされた選択の結果として生じる。悪意のある意図からではなく、われわれの行動のあらゆる結果を考慮に入れないことの結果として生じる。」ニクソン大統領の環境汚染防止に関する教書1970年2月10日

「あらゆる政治的団結の目的は人の消滅することのない自然権を保全することである。これらの権理は、自由・所有権・安全及び圧政への抵抗である。」フランス人権宣言第2条

「人間の尊厳は不可侵である。これを尊重し、かつ保護することは、すべての国家権力の義務である。」ドイツ憲法第1条

「人は自由でかつ権理において平等なものとして出生しまた生存する。」フランス人権宣言第1条

「自由は他人を害しないすべてをなし得ることに存する。その結果各人の自然権の行使は社会の他の構成員にこれら同種の権理の享有を確保すること以外の限界をもたない。そしてこれらの限界は法によってのみ規定することができる。」フランス人権宣言第4条

「各人は他人の権理を侵害せず、かつ憲法的秩序又は道徳率に反しない限り、その人格の自由な発展を目的とする権理を有する。」ドイツ憲法第2条< p>「教育は自由である。これに対するすべての抑圧処置は禁じられる。教育に伴う犯罪の処罰は法律によってのみ規定される。」ベルギー憲法第17条

「投票は義務として行なうことを必要とし、かつ秘密とする。」 ベルギー憲法第48条

「投票の行使は国民の義務である。」 イタリア憲法第48条

「投票権の行使はイタリア市民の義務であってこれを回避する者は国家に対する明確な義務の履行を欠くものとみなされる。」 イタリア衆議院選挙法

「すべての主権の淵源は本質的に国民にある。いかなる団体も、いかなる個人も、国民から明示的に発しない権威を行使することはできない。」 フランス人権宣言第3条

「法律は社会に有害な行為しか禁止する権理をもたない。法律によって禁止されていないすべての行為は妨げられず、また何人も法律が命じていないことを行なうように強制されない。」 フランス人権宣言第5条

「法律は、一般意思の表明である。すべての市民はみずから、またはその代表者によってその形成に参加する権理を持つ。法は保護を与える場合にも処罰を加える場合にもすべての者に対して同一でなければならない。すべての市民は法の目からは平等であるからその能力に従い、かつその徳性及び才能以外の差別を除いて平等にあらゆる公の位階、地位及び職務に就任することができる。」 フランス人権宣言第6条

「自然権が法律によって制限される場合においては、その法律は一般的に適用されることを要し、個々の場合にのみ適用されてはならない。」 ドイツ憲法第19条

「何人も、その性別、血統、種族、言語、故郷及び門地、その信仰、宗教的もしくは政治的見解によって、不利益を受け、または特権を受けてはならない。」 ドイツ憲法第3条

「何人も、法律が定めた場合で、かつ、法律が定めた形式によらなければ、訴追され、逮捕され、または拘禁されない。恣意的な命令を要請し、発令し、執行し、または執行させた者は、処罰されなければならない。」フランス人権宣言第7条

「すべての市民は、みずから、またはその代表者によって、公の租税の必要性を確認し、それを自由に承認し、その使途を追跡し、かつその数額、基礎、取立て、及び期間を決定する権理を有する。」 フランス人権宣言第14条

「すべての市民は、すべての公務員に対して、その行政について報告を求める権理を有する。」フランス人権宣言第15条

「公務員の行政上の行為に対して公務員を訴えるには、あらかじめ許可を受けることを必要としない。」ベルギー憲法第24条

「1.すべての者は、干渉されることなく意見を持つ権理を有する。
 2.すべての者は、表現の自由についての権理を有する。この権理には、口頭、手書き若しくは印刷、芸術の形態又は自ら選択する他の方法により、国境とのかかわりなく、あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由を含む。」
  市民的及び政治的権理に関する国際規約第19条(1979年日本国発効)

「彼が他人の注意と警告とに耳を傾けずに犯すおそれのある全ての過ちよりは、他人が彼の幸福とみなすものを彼に強制することを許す方の実害の方が遥かに大きいのである。」 J・S・ミル『自由論』

「個性の自由な発展が幸福の主要な要素のひとつであるということが痛感されているならばまたそれは文明、知識、教養というような言葉によって意味されている一切のものと同位の要素であるに止まらず、それ自体がこれらすべてのものの必須の要素であり、条件であるということが痛感されているならば、自由の軽視される危険は存在せず、また自由と社会による統制との境界を調整することについても特別の困難を惹起しないであろう。」 J・S・ミル『自由論』

「仮りに1人を除く全人類が同一の意見を持ち唯1人が反対の意見を抱いていると仮定しても、人類がその1人を沈黙させることの不当であろうことは、仮りにその1人が全人類を沈黙させうる権力をもってそれをあえてすることが不当であるのと異ならない。」 J・S・ミル『自由論』

「意見の発表を沈黙させることに特有の害悪は、それが人類の利益を奪い取るということなのである。すなわちそれは現代の利益を奪うと共に後代の人々の利益をも奪うものであり、またその意見を懐抱している人々の利益を奪うことはもとより、その意見に反対の人々の利益をさらに一層多く奪うものであるということである。もしもその意見が正しいものであるならば人類は誤謬を棄てて真理をとる機会を奪われる。またその意見が誤っているとしても、彼らはそれとほとんど同様に重大な利益――すなわち真理と誤謬との対決によって生じるところの真理の一層明白に認識し一層鮮やかな印象をうけるという利益――を失うのである。」 J・S・ミル『自由論』

「自由な論議の矢来が開かれたままであるならば、たとえ一層完全な真理が他に存在していても人間の精神がそれを受け取り得るならば必ずその真理は発見されるであろうとのぞむことができる。」 J・S・ミル『自由論』

「人間の誤りは正すことのできるものである。人間は議論と経験とによって自分の誤りを正すことができる。経験のみでは十分ではない。経験をいかに解釈すべきかを明らかにするためには議論がなくてはならない。誤った意見と実行とは徐々に事実と論証との前に屈服してゆく。しかしながら事実と論証とが人の心に何らかの効果を生じるためには、それが人の精神に突きつけられなくてはならない。しかも事実の意味を取り出してくれる注釈なしにそれだけで意味が説明されるというような事実は極めて稀れである。そこで人間の判断力の一切の力と価値とは、それが誤っている場合に訂正されうるというひとつの特質によるのであるから、人間の判断を訂正する手段が絶えず手近にあるときにおいてのみそれに対して信頼を置くことができるのである。何びとかの判断が真に信頼するに値するという場合に、彼の判断はいかにしてそうなったのであろうか?それは彼が彼の意見と行為とに関する批評に対して絶えず彼の精神を打ち開いてきたからである。すなわち彼に対してなされうる一切の反対論に傾聴し、かような反対論の中の正当な部分によって自らを利益し、またその誤っている虚偽を彼自身に、時には他の人々に説明するということが彼の日常の習慣となってきていたからである。
 また、人間がある主題に関する完全な知識にある程度まで近づきうるための唯一の途はあらゆる異なった意見の持ち主たちがその主題に関して言い出すかもしれない意見に耳を傾け、また各種の精神的性格の人がこの主題に注目するその一切の注目の様相を研究することにあるということを彼が自覚していたからである。
 およそいかなる賢者といえどもこれ以外の方法によって知恵を得た者はかつてなかった。またこれ以外の方法によって賢明となることは人間知性の本性にないことである。自己自身の意見と他人の意見とを照合することによって自己の意見を訂正しまた完全にする堅実な習慣は、自己の意見を実行に移すにあたって蒙も疑念と躊躇とを生ずるところではなく、かえって自己の意見に正当な信頼を置くための唯一の安定した基礎をなすのである。なぜならば少なくとも明白にいわれる一切の反対論をすべて知っており、またすべての反駁者に対抗して自己の意見を主張してきた上に――自己が異論と難問とを回避せずにむしろ求めてきたということ、当該の問題に対していかなる方面から投ぜられる光明をも遮断しなかったということを知っていればこそ――彼は同様の方法を遂行していないいかなる人物の判断よりも、またいかなる多数者の判断よりも自分の判断のまさっていると考える権理をもつのである。」 J・S・ミル『自由論』

「国家教育に対して十分な理由を備えて主張される反対論は国家による教育の強制に対してはあてはまらないが、国家自らの手による教育指導に対しては正にその通りである。両者は全然別の事柄である。
 国民の教育の全部または大部分が国家の手に委ねられることを非難する点では、私は何人にも譲らないものである。個性のある性格や多種多様な意見と行為の形式の重要なことについて多種多様な教育もまたこれと同じく言語に絶する重要さをもつものであることを意味している。一律的な国家教育は国民を鋳型に入れて完全に相等しいものにしようとする仕組みであるに過ぎない。そして国家教育が国民をその中に流しこむ鋳型は時の政府を支配する勢力が君主であるか、僧侶であるか、貴族であるか、あるいは現在の世代の多数者であるかを問わずその支配的勢力の喜ぶものであって、かような国家教育が効率よく成功すればするほどますますそれは精神に対する専制政治を確立し、また自然の傾向として肉体に対する専制政治をも生み出すようになってゆくのである。国家が創設しまた統制する教育は、もしもそれが存在するとすれば競争しあう多数の実験の中の一つとしてのみ存在すべきであり、また他の諸々の実験をある水準の優秀さに達しさせておくための模範を与える目的で実施されなくてはならないのである。もちろん社会一般が非常に遅れていて政府がその任務を引き受けないならば適当な教育施設を自ら提供することができないとかあるいはそれを欲しないという場合にはその時にはむろん政府は二つの大きな害悪の中の比較的小さなものとして諸々の学校と大学との経営を引き受けてもよいであろう。
 このことは大規模な生産事業を企てるのに適した形態の私企業が国内に存在しない場合に政府が株式会社の経営を引き受けてもよいのと同様である。しかし一般にはもしも国内に政府主催のもとに教育を与え得るだけの資格を備えた人物がそれほど多数に存在しているのならばその同じ人々が同様によい教育を自発的原理にもとづいて与えることができるであろうし、また喜んで与えようとするはずである。但し教育を義務的なものとする法律によって教師たちに対する報酬が保障せられ、それと結んで学資を支弁できない人々に対する国家の補助のあることが必要である。」J・S・ミル『自由論』

「人間は誤りのないものではないということ、人間の真理の大部分は半真理であるにすぎないということ、相反対する意見を十二分に比較した結果として出て来たものでない限り意見の一致は望ましいものではなくまた人間が現在よりもはるかに真理のすべての側面を認識しうるようになるまでは意見の相違は害悪ではなくむしろ為めになることであるということ――およそこれらの諸命題は人間の意見に対して適用しうるのと同様に人間の行為の様式に対しても適用しうる原則である。」J・S・ミル『自由論』

「われわれがもっとも多くの根拠をもっている信念も、全世界に向かって、 この信 念の根拠なきことを証明せよ、と不断に勧誘すること以外には、 依存すべき何の保 障ももたないのである。」 J・S・ミル『自由論』

「国家の価値は長い目でみれば結局はそれを構成している個人の価値によってきまる。」 J・S・ミル『自由論』

「自由に対する最大の脅威は奴隷根性である。」

「公権力、公務員に自由が侵害されようとしている時に自由侵害に気付かないばかりでなく、自由を防衛できない者には自由があるとは言えない。」

 

 

 

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